写真は、千葉市美術館の橋口五葉、
温泉宿と名付けられた絵画で、
大正9年のモノ。女性はしっかりと
ルビーの指輪を着けている。
温泉宿と名付けられた絵画で、
大正9年のモノ。女性はしっかりと
ルビーの指輪を着けている。
この時代の絵画のモデルがつけている
ということは、既に、ルビーが
ファッショントレンドだったこと
が分かる。
残念なのは、この頃に販売されたルビー
のほとんどが、人工合成石で、
見た目の美しいが、天然の宝石では
無いということを、その当時の日本人
は知らなかった…
この大正時代の女性が着けているルビー
が天然無処理で美しいミャンマー産ルビー
であれば、今はルビーだけでも
であれば、今はルビーだけでも
最低数百万円はするだろうし、
有名な絵画に用いられた現物として
プレミアがつけば数千万円の価値が
あっただろう。現物が家宝として
大切にされて残っていたなら、
この絵画の価値を更に引き立て、
そのルビーも一財産になったはず。
なぜこうなったのか?
日本には、高い装飾文化があったが、
宝石文化はなかったからだろう。
当時は、人工合成石が主流で、販売
された値段は、ミャンマー産(その当時
はビルマ産)の天然無処理で美しい
ルビーよりも高価だったのは、
アジアの国のルビーよりフランス産
のルビーの方が高級なイメージだった
からだろうし、欧州ではその時に既に
確立されていた「宝石の定義」が、
日本には無かったからだろう。
文化については、日本は世界に誇る
文化があった。
ヨーロッパでは、一部の限られた貴族
などの特権階級が、その地位を表現
ヨーロッパでは、一部の限られた貴族
などの特権階級が、その地位を表現
するために豪華なジュエリーをつけた
のだが、日本では、その装身具の素材
などから、町民であっても、自分たち
幕府から、金を使った装飾品
(ジュエリー)の禁止令が出たら
べっ甲(亀の甲羅)を使って見たり…
あの手この手でジュエリーをつくって
身を飾ってきた。
そういう意味で、庶民のジュエリー
装飾品を大切にしてきた日本なら、
国際的なブランドが育って然るべし…
欧州のブランドの信頼感が高く、日本の
さて一方で、時代は流れ、
モリスは、天然無処理で美しい
のだが、日本では、その装身具の素材
などから、町民であっても、自分たち
の手の届く素材で、装飾品をつくり、
身を飾って来たことが、日本クラフト
学院の資料館などに残っている実物で
分かる。
幕府から、金を使った装飾品
(ジュエリー)の禁止令が出たら
べっ甲(亀の甲羅)を使って見たり…
あの手この手でジュエリーをつくって
身を飾ってきた。
そういう意味で、庶民のジュエリー
文化では先進国だったのかも知れない。
装飾品を大切にしてきた日本なら、
国際的なブランドが育って然るべし…
のはずが、商業的に毒されて、
ブランドを育てて頂けるはずの
自分の国(日本)のお客様に見放されて
しまった。
…宝石文化がなかったから…
…知らなかったとはいえ、合成石を本物
として売ったのだから、仕方ないが…
欧州のブランドの信頼感が高く、日本の
ブランドのそれが、低いのは、そのため。
欧米のブランドは、その時代にも、
高級品(ハイエンドジュエリー)には、
天然無処理のモノをしっかり使って
いたことが、残っているアンティーク
ジュエリーで分かる。
さて一方で、時代は流れ、
インターネットが発達した今、
日本製のオートバイや自動車は、
もう世界一だということに
異論ないはず。
これから日本は文化立国しないと…。
モリスは、天然無処理で美しい
ミャンマー産のルビーで、ミャンマーの
仲間たちと宝石文化が作って京都から
発信していきたい。