今回は酩酊読書会です。要は読んだ本の感想ですね。今回は珍しく(?)ミリタリー系の本がないです。

 

●「日本領サイパン島の一万日」(野村進 岩波書店)

 

昨秋、東京で藤田嗣治氏の絵画「サイパン島同胞臣節を全うす」を見て、当時のサイパンについて知りたくなって再読しました。20年ほど前発売時に買って、一度読んだ切りだったのです。とてもいい本です。

タイトル通り、サイパンが日本領だった1914年から45年までの経緯を綴ったノンフィクションで、当時の日本人移住者らの証言を軸に、歴史的背景を添えていくという構成。ノンフィクションながら小説仕立ての文章で、分かりやすくすらすらと読めるのがいいです。読んでいるうちにまるで移住者の人々とともにサイパンの歴史を歩んでいるような気持ちになります。あるひとつの島のある時期の歴史を紹介するわけですから、構成的に島の地理や自然環境、政治経済の状況、現地人の人種構成や文化、軍事施設などなどを網羅して解説・説明する必要があるのですが、この本では都度都度タイミングよくそれらが紹介されるのでとてもよく頭に入ってきます。

 

登場するのは、日本領になった直後に文字通り裸一貫で来島し、後にサイパンで財を成した山口百次郎という人物を皮切りに、百次郎の斡旋で移住した山形県の一家など、現地に根付いた人々が中心です。南洋庁と殖産企業(南洋興発)との関係性、邦人の生活環境、現地人との係わり合い、サイパン戦の過酷な状況、戦後の米軍管理下での収容所の様子などなど、取材時に存命だった人々から直接聞いた話ということもあって、当時の空気感がよく伝わってきます。特に、サイパン戦の様子についてはあまりの過酷さに絶句します。移住した一家の体験を軸にしているので、平和な頃からの生活を知っているだけに、家族が一人ひとり倒れたり行方不明になっていくのを読むのが非常につらいです。しかしこれが現実だったんだ、、と思うとやりきれなくなります。

 

私はもちろん当時のサイパンについての知識はほぼほぼ無いに等しいのですが、この本を読んでおぼろげながらでも理解を深めることができたような気がします。前々回の投稿で、サイパンで玉砕した戦車第九連隊について書きましたが、隊員がどういう歴史のある島で戦ったのかということもよく分かりました。

 

先に書いたように、藤田氏の絵画を見て「サイパンにはどういう人達がどういう風に暮らしていたのだろう?」と思ったのが再読のきっかけでした。前出の山口百次郎氏は、サイパン戦時には諸事情で家族と共に山形に戻っており(義理の息子を除く)、民間人を含む日本人の多数が玉砕したことを知り非常なショックを受けます。氏は黎明期からサイパンで過ごしていた長老的な立場だったことに加え、地元からの移民の斡旋をしたということもあり、その衝撃は計り知れなかったようです。玉砕の少し後、地元で戦争絵画展が開かれ、藤田氏の絵画も展示されました。山口氏はこの絵を見た瞬間、号泣、慟哭したそうです、、、。

藤田氏は、当然現地でその惨状を見たわけでは無く、戦闘の様子を伝える新聞記事のみを資料としてあの絵を描いたと言われています。しかし、現地で何十年も過ごした人の心を揺さぶる力のある絵だった、ということですね。私は昨年秋にこの絵を観て衝撃を受けた、と書きましたがそれはそれだけの理由があったんだなあ、と。サイパンの話からは少しずれますが、なんと言いますか「芸術の真の力」というものを垣間見るようなエピソードです。

 

話を戻すと「海外の日本領」というのは今ではちょっとピンとこないフレーズです(当然ですが)。しかし、あの戦争の多くはその地域で行われました。そしてそこには少なくない日本人が住んで生活していました。同時に、昔からそこに住む原住民も戦争に巻き込まれました。なので戦争をより知りたければ現地の知識もできるだけ得る必要があるんだろうな、と。なので、戦記だけでなくこういう本ももっと意識的に読まないとなあ、と思ってます。

 

●「南洋通信」(中島敦 中公文庫)

 

20年ほど前に買って、ずっと「いつか読もう」の積ん読だったんですけど今回の件で手に取ってやっと読了しました。いや、実に素敵ないい本でした。もっと早く読んでおいたらよかったです。

中島敦氏は言わずと知れた小説家ですね。氏は1941年から42年まで南洋庁の官吏として南洋諸島に赴任していました。その仕事は、現地住民用の教科書編纂のための調査でした。調査なのでサイパンやパラオ、ポナペ、トラック、ヤルートなど各島を巡っており、当時の現地の様子を伝える貴重な記録となっています。

 

中島氏は当時結婚して2人の息子さんがいました。この本は南洋に赴任中の氏が奥さんと息子さんらに宛てた書簡と、現地を見聞きした体験からつむぎ出された、南洋を舞台にした幾つかの短編小説で構成されています。

 

書簡では家族に向けて南洋の島々の風俗などを分かりやすい言葉で丁寧に記して伝えています。色とりどりの熱帯魚の泳ぐ姿とか、夜の星の綺麗さ、日本では見られないヤシやヒビスカス(ハイビスカス)などの珍しい植物の様子などなど、さすが作家ということもあって巧みな描写力で、読んでいるとその風景が目に浮かぶようです(月並みな表現ですけど)。1941年というと対米戦争直前で、開戦すれば最前線となる地域なのですが、それほどピリピリした空気ではなかったというのも興味深いです。

 

各島で暮らす日本人や現地人の様子も、フラットな視線で描写されています。私信なので、遠慮なく書くことができるというのがよかったのでしょうか。日本人は基本的にピシっとしようとしてるんですけど、でも南洋の風土にあてられてどこか空気が抜けたような感じです。現地人はのんびりおおらかで、日本人とのギャップも大きく(特に性に関してはほんとおおらかだったようで、ちょっとびっくり)中島氏も時々あきれつつ心服している、みたいな。日本人と原住民との関係性がどういうものだったのか、というのも氏の肌感覚ともいえる描写力でよく理解できます。植民地、というと日本に限らず「支配者が被支配者を抑圧して絶対的管理下に置く」みたいな紋切り型のイメージがあります。しかし、少なくとも南洋ではそういう簡単な図式では説明できない、非常に微妙で複雑なものだったんだなあ、という印象です。そして、氏は現地滞在中に開戦を迎え42年春に帰国します

 

サイパンは氏の根拠地の一つで、住民の様子や食環境などを細かく紹介しています。「日本領サイパン島の1万日」の登場人物の一人に中島氏もいたんだな、と思うと不思議な気がしますね。そして、その数年後に戦車第九連隊の下田伍長が上陸するわけです。ひとつの島に多くの人の運命が交錯していたことを、全く無関係の私が数冊の本を読むことで知ることができるというのはなんというか本当に不思議な感覚です。こういうのが読書の醍醐味のひとつかなと思います。

 

●「中島敦 父から子への南洋だより」(川村湊 集英社)

 

「南洋通信」のビジュアル版ともいえる本です。

先に書いた通り、中島氏は奥さんと2人の息子さんに頻繁に手紙や葉書を送っていました。この本は、それらの現物を写真で掲載しています。例えば、ヤシの木の並ぶパラオの街並みの絵葉書の裏には「この椰子の一本一本に、みんな、大きな實(み)が、たくさんなってゐるんだよ。」といった感じで息子さんに南洋の風物を紹介しています。

その他、サイパンやパラオの街並みや自然、原住民の風俗の絵葉書など当時の現地の様子がよくわかります。当時の南洋諸島の写真自体あまり見ないものなので、その意味でも貴重な資料です。

 

中島氏は本当に愛妻家&子煩悩だったようで、手紙ではいつもいつも、奥さんや子供たちの体調を気遣い、生活への助言などを逐一書いてます。やさしいいい人だったんだなあ、と。書き文字がそのまま掲載されてますので、その字体からも氏の温かい人柄が偲ばれます。

 

任務上、中島氏は南洋諸島をくまなく行き来して各地の学校を視察しています。往来はもちろん船を利用しているのですが、一度だけ飛行機に乗ってます。絵葉書からそれが九七式飛行艇だとわかります。乗ったのは「朝潮」号です(当時「綾波」「黒潮」など18機が運用されていたそう)。乗り心地がよいなどとは書かれてるのですが、飛行艇に乗り込む手順とか外観等の描写が無いのがマニア的には惜しいですね(笑)。

 

また映画「南海の花束」の出演者の一人、月田一郎氏と出会い意気投合しているのが興味深いです。ちょうどこの映画のロケの時期に中島氏が赴任していたんですね。こういうのも「縁」なんでしょうね。中島氏はロケの見学とかしたんでしょうかね? 小説家なので好奇心は旺盛でしょうから機会があれば見学したんじゃないかと思うんですけど、書簡には書かれてないです。月田氏は私は知らなかったのですが「燃ゆる大空」や「上海陸戦隊」などにも出演している、有名な俳優さんだったそうです。そのつもりでこれらの映画をまた観てみたいです。どれもいい映画ですよ。

 

●「明治大正昭和 不良少女伝 莫連女と少女ギャング団」(平山亜佐子 河出書房新社)

 

戦前の不良少女の実態について、当時の新聞記事を紹介しながらまとめた本です。っていうか、戦前に不良少女っていたの?ってとこからなんですが、いたようです。しかもかなりタチが悪い。グループを組んで、恐喝、窃盗、強盗、暴行、売春とその斡旋などなど悪事の限りを尽くしてた、という感じ。中には拳銃を使った事件もあって、「不良」というよりは「犯罪者」ですね。年齢は18、9歳は当たり前で13歳という少女もいます。戦前の少女、というと例えば中原淳一の描くおしとやかな女学生みたいなイメージですけど、こういう真逆の少女たちもいたんだなあ、、とびっくりします。

戦前の日本というと国家がばっちりと国民を監視して、国民も国家のために真面目に働き生活する、みたいなイメージがありますけど、んなこたない、ということを再確認させてくれます。犯罪というのはよくないことですが(当たり前だ)、犯罪があるということはその社会の自由さを示すものでもありますので、思ってる以上に戦前の日本は自由だったんだなあと。むしろ、政府や警察の対応が後手後手で、女子感化院(少年院)の収容数が不良少女の増加に追いつかず、随時増設していくというほどだったというのも意外です。

 

要は、江戸時代から明治になって、人々が都会に続々と流入(江戸時代は幕藩体制なので簡単によその土地に引っ越せるような社会ではなかった)し経済が発展するに従って犯罪も同様に増えていき、それは未成年者も例外ではなく、犯罪に手を染めるものが増えていった、ということのようです。政府・官憲はもちろん取り締まろうとするのですが、先に書いたようにその急増ぶりに追いつかなかったと。不良少女は戦前日本の「社会的なゆがみ」が生み出した事象のひとつだったわけですね。

 

それにしても、この本に出てくる少女たちの行状をみると、戦後の方がましだったんじゃないカナーという気もしますね。なんというか実にたくましいし、無頼です。戦前の日本っていまいちイメージしづらいのですが、この本を読んでその一端が垣間見れたような気がします。

 

●「ドキュメント昭和世相史」(平凡社)

 

「戦前」「戦中」「戦後」の3分冊で、昭和期の政治経済文化など要は社会全般に関する当時の雑誌記事やルポルタージュなどを、テーマごとにかなり細かく分けて紹介してます。

「戦前編」なら昭和初期の東北の農村の惨状、都会での女性の流行風俗、大学生の生態、「戦中編」なら軍需工場地帯のレポ、代用食の紹介、隣組の風景、「戦後編」なら引揚げ者の実態、民主政策下の農村の変化、戦後の新しい芸能、などなど。

 

先に書いたとおり、どれも当時の記事なので登場する人の話し方・文体ともども時代を感じさせてくれるのもいいです。内容は実に具体的かつ生々しく、とても興味深く読めます。書き手も織田作之助ら作家はじめ、一般人の関係者インタビューなどなどバラエティに富んでます。

 

先の本もそうですが、戦前の日本の雰囲気を掴むにはとてもいい本でした。で、なんでこういう本を読んでるかというと、そもそもは日本軍なんですね。当ブログを以前からお読みの方はお分かりかもですが、私は日本軍が好きなんです。んで、戦記はじめ日本軍に関係する本をずっとあれこれ読んでるんですけど、そのうち「日本の兵隊さんは、兵隊さんになる前はどんな人で、どういう社会にいて、どんな生活をしてたのか?」っていうのが気になりだしたんですね。

 

この本に限らず、先の不良少女の本もそうですけど、戦前の日本社会の様子をぼんやりとながらでも理解しはじめると、案外日本軍というものへの解像度が上がってくるような気がしてます。具体的には何がどうなんだ?と聞かれてもちょっと一言では答えられないんですけどね。すいません。

 

ひとつだけ挙げるとしたら、当時は今の日本よりもかなりはっきりとした階層社会で、貧困層の生活の悲惨さというのは想像以上のものだった、というのをある程度理解していないと見えてこないことも多いかな?と。「戦前編」に岩手県の農村地帯の窮状を記したルポ(昭和9年)がありますが、まあ酷いものです。ある村の乳幼児の死亡率は90パーセントで、布団のある家は一軒も無い、食事は粟とか稗ばかり、などなど。

 

そういう地域から兵隊になった人は、軍隊では3食(しかも米飯)がきちんと出て衣服も住居もタダ、かつ給料まで出るということに感激していた、という話はよく聞きます。こういうルポを読むとまあそうだろうなあ、と。同時に、軍隊に入って非人間的な扱いを受けたと糾弾する人もいて、そういう本も多々ありますよね。しかし、そういうのを記したのは農村の出身者ではなくて、往々にして中産階級以上の人たち(要は食うにも困るという階層ではない)という。おそらく、どちらも「真実」なんですよね。しかしどちらかだけを真実として捉えようとすると真実では無くなるわけです。

 

とはいえ、私はまだまだ偉そうなことを書けるだけの知識も見識もありませんので、これからもちょこちょここういう本を読んで勉強して行きたいと思ってます、、、っていうか、私はそもそも日本軍の戦車とか戦闘機が好きなだけだったはずなんですけど、なんでこうなったのかはよくわかんないです(笑)。でも、面白いし興味深いんですよね。

 

最後に漫画を2冊紹介します。

 

●「そばギャルとおじさん」(漫画 稲葉そーへー 原案・監修 本橋隆司 光文社)

いわゆるグルメ漫画、なんですけど話の軸になるのは立ち食いそばです。んで、主人公はタイトル通りギャルとおじさん。

ひょんなことで知り合った2人は「ソフレ」(そばフレンド(笑))になって、東京各地の立ち食いそばを巡り歩く、というお話。

 

とにかくただただ立ち食いそばを食べるだけの漫画なんですけど、なんつーか、まあ面白いです。ギャルとおじさんという組み合わせもいいなーと。グルメ漫画って、とにかくキャラが飯を食べてる様子がどれくらいおいしそうに見えるかが勝負と思うんですけど、この漫画もほんとおいしそうに食べてるのがイイです。私は読んでから2日続けてそばを食べちゃったというのが評価の証かと(笑)

 

ただ、私は残念ながらギャルを見たことが無い(田舎にはいないのだ)ので、こーゆーのがギャルなのかどうかよく分からないのでした(笑) でもとても魅力的なキャラなのでよいです。あと、おじさんが42歳で、私より10歳くらい年下っていうのもちょっとショックなのでした。42歳って、全然若手じゃん!(笑)

 

ペケッターで1話だけ見て「おもろいなー」って思ってそれきりだったのですが、先日書店で2巻が新刊で出てるのを見かけて、1巻を探して2冊を衝動買いしてしまいました。そういえば以前紹介した「ミハルの戦場」もそうでしたね。ペケッターで公表するのって大事ですね。やっぱ、本は紙の本で読みたいので(おっさんの証)、きちんと出版してくれるのは有難いです。

 

●「AKIRA 1 THE COMPLETE WORKS 12 」(大友克洋 講談社)

 

大友氏の全集版の「AKIRA」です。「AKIRA」は今も発売されてますが、この全集版はヤングマガジン連載時の構成を再現したものです。

「AKIRA」は単行本化する際に、扉を省いたりコマを入れ替えたり書き換えたりしてて連載時版とちょこちょこ違ってるんですね。なのでこの連載時版はファン待望だったのです。私ももちろんずっと読みたかったのでほんとうれしーです。けど、つい先日までこれが出てるのを知らなかったという(1巻は昨年夏発売。どんだけ情弱なんだ、、)。

 

まあそれはそれとして、読んでみたら思ってる以上に差し替え・変更・描き直しがあってびっくり。単行本版と並べてページをめくっていくとそれがよくわかって楽しいです。なにやってんだ、ですけどファン・マニアなのでもうそうするしかないわけです。それにしても、大友氏は実にこだわりが強くてかつゲーコマな作家なんだなあ、と再認識。

 

ただ、巻末にいつも載ってる大友氏の作品解説がないのが残念でした。大友氏って、あまり自作について語らないし、語ってる書籍ってまあないんですよね。インタビューはいろいろあるんですけど、アニメの話が多いんですよね。代表作の「AKIRA」の製作秘話とか知りたいんですけどねえ、、。

 

今は3巻まででてまして、単行本の6巻よりも多く巻数が出そう(連載時版1巻は単行本版の1巻より短い)なので当分楽しめそうで嬉しいです。

 

というわけでお終いです。私は本は毎日のように読んでまして、できれば全部紹介したいのですがそういうわけにもいかんです。でもいい本に出会ったら人に紹介したくなるものでして、惜しいといえば惜しいです。この読書会はほんとたまーにしか書かないんですけどもうちょっと頻度を上げたいですね。興味のある方は、どの本でもよかったら読んでみてください。

 

それでは。