多様性が受け入れられる今の世の中でも、一から十まですべてが個別でフリーダムということはなく、一定の「型」のようなものがある。

かつて私がやっていたイメージコンサルティングの仕事でも「ブログ集客」ということを考えれば、やり方はある程度決まっていた。

文章を書くことは好きだったはずなのに、「このように書かねばならない」のが苦しく、ブログの更新もままならなかった。

 

ある日、思い切って「型」を手放すことにした。

集客目的としては弱いブログになっていったが、読者のひとりだった親しい友人からは「最近、ブログが読みやすくなったね」「あなたらしさが伝わってくるようになった」と言われた。

あるべき「型」から逸れたことで、私という個性が表れはじめたようだ。

 

イメージコンサルティングでは「パーソナルカラー」や「骨格診断」をもとに、その人ごとに「似合うスタイル」を提案する。

カラーは10タイプ。

骨格は7タイプ。

10×7=70タイプのどれかが、その人の「パーソナルタイプ」になる。

 

パーソナルタイプにぴったりはまったお洋服を着るとき、その人の輝きは抜群だ。

「なんかちょっと野暮ったい」なんていう悩みがあった人も、途端に洗練される。

自分に似合うものを選ぶ大切さをひしひしと感じる瞬間だ。

 

けれども、私自身は、その「タイプ」の中に収まっていなくてはいけないことに、息苦しさを感じずにはいられなかった。

診断を受ける前にもともと好きなスタイルが、自分に似合うスタイルではなかったことも大きかった。

 

パーソナルタイプ以外のお洋服では野暮ったく見える。

パーソナルタイプのお洋服は素敵だが、心が苦しい。

板挟みだ。

 

今、イメージコンサルティングから少し離れ、日々の洋服選びはこの「中間」にいる。

途方に暮れるほど似合わない服は選ばなくなった。

あまり似合わない服も選ばない。

かといって、パーソナルタイプど真ん中の服だけを選ぶということもない。

 

「カジュアルにしたい」「可愛らしくしたい」といった気分に合わせ、ほどよいところまでパーソナルタイプを逸脱する。

ど真ん中の服ならば発揮される輝きは、もちろん鈍るし、ほんのりとした「野暮ったさ」が醸し出されてしまうこともある。

 

けれども、すべてを分かった上で「型」を逸脱する、その仕方、距離感こそが「個性」というものなんだろうなと思うようになってきている。

 

多少の野暮ったさに甘んじてでも得たい何かがある。

その心地よさ、それを選びたいと思う心、そのものが個性なのだろう。

 

パーソナルタイプど真ん中の服を、もう二度と、絶対に着ないというわけではもちろんない。

いざとなればど真ん中の服をサッと着こなし進める自分を知っているからこそ、今はそこから少し離れたところで何を気負うこともなく、心地よさに酔いしれている。

 

 

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プロフィール

 

森本そら
エッセイスト。一児の母。
幼稚園の頃から夢は小説家。
小学校、中学校、高校と書き続け、憧れの早稲田大学 第一文学部 文芸専修に進学。
「好き」を仕事にすることを真剣に悩んだ結果、卒業後は大手メーカーへ就職し、一時、執筆から離れる。
その後、イメージコンサルティングに出会い「誰しもが素敵になれる理論」の存在に衝撃を受ける。
「この理論を世に広めたい」という想いからイメージコンサルタントを志すものの、自身の経験やお客様と接する中で、理論と心に乖離があるために苦しくなってしまったり、理論がかせになり自由におしゃれを楽しめないケースがあることに気づく。
徐々に「心をフォローしていきたい」という想いが強くなり、エッセイストに転向。
「誰しもが素敵になれる理論」をもとに、リラックスしておしゃれを楽しむためのヒントを日々、執筆中。

 

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