安心感。それはほんの少しだけ僕のテーマだったように思う。
働いていてのこれでいいのかという自己への苛み、
遠い未来までの自分を想像しての焦燥感、
そんな混沌とした空気が沈澱。
宴は続くけれど、僕たちの身体には限界があることを感じながらも、
寄せる年齢の波には勝てず、若き日に恋をした相手がしわがれて傍に横たわってることを想像する。
短い期間に色々なことが起こったと思いながらも、発端は既に半年以上も経過している。
まだ冬の気持ちを温めたままでいられる気候が続くけれど、元気でやっていますか。
そして僕は大阪にいることを口実に、日々のスケッチを始めてみようかな、なんて。
東京生まれ、東京育ち、語弊はあるけど、
辞書に載っている意味合いでの江戸っ子と称される僕は、
東京の中心に今までの人生の大半を託し、年を重ねてきた。
ゆく日も来る日も、ビルの影を感じながら、
ほんの僅かだけ見える狭すぎる空に季節の色どりを見て、
そろそろ夏がくるなぁ。なんて、思ってた。
関西人はせっかちだ、という言葉を聞きながら僕は子供の頃を過ごした気がする。
みんな早口で何言ってるのかわからないのよ。
僕の叔母が教えてくれた気がする。
生まれて初めての関西弁に囲まれて過ごす日々がつづいているけれど、
時間は遥かに流速が遅く、僕になんだか懐かしさを感じさせる。
ーこれがすべてじゃない。
ーそんなふうにやっていたらこれから大変だよ。
そう、口ずさむ歌が聞こえるけれど、
ーそんなに急いでどこ行くの?
って蟻や亀に呼び止められている気もする。
大阪、いいところじゃんねぇ。
たこ焼きと、お好み焼きはただのレッテル。
もちろんのことだろうけど。
僕がいる堺筋本町のあたりは、
とても静かにマンションばかりが立ち並んで、
通りの居酒屋さんが、
物悲しくもシャッターを早めに閉める音が聞こえるような場所です。
静けさの後には何が待っているんだろうと、
ふと考えてみても、想像のつかない世界は確実に拡がってる。
起こりえもしないかもしれないことすら世界は含んでいるのかもしれない。
それでも、
東京にいる理由がこれっぽっちも残されていなくとも、僕は帰る。
まだ、3日目。
たった26日の滞在。もう手のひらの中になじんだ感覚があるのはなんだろう。
大阪さん、大阪さん。
短い間だけれどお世話になります。
よろしくおねがいします、僕なりに街の表情を見つけたいよ。
