11月27日の午後3時頃、Overlake Medical CenterのDr. Yから携帯に電話がありました。

前の週21日に受けた大腸内視鏡検査でポリペクトミーできなかった35mm大のポリープの病理検査の結果連絡です。

 

Dr. Y 「残念ながら直腸がんでした」

 

私 「オ、オーケー」

冷静さを保とうとはしていたものの、実はドキドキでした。今思うと何だかフワフワした感じで、自分のことじゃないような感じがしていました。ちょっとした高揚感みたいなものも感じていたような、そんな気も。

57歳を目前にしたがん宣告。さすがにこれは想定外。

 

「ステージは?」「手術はいつ?」「日本帰るのか、こっちでやるのか?」「仕事はどうなる?」「がん保険入ってたっけ?」

などなど、矢継ぎ早にいろんなことが頭の中を駆け巡りますが、整理がつかないままオフィスの上司に状況を報告、「全面的にサポートする、一緒に頑張ろう」との力強い言葉が心に染み入ります。

 

言葉の問題はあるけど、聞けばここワシントン州は全米でも有数のがん治療先進州とか。別の事情ですぐに日本帰国ができないこともあり、こちらでの手術、治療を決断するまでにそう長い時間はかかりませんでした。

日本とは17時間の時差があるので、すぐには自宅には電話せずLINEでかみさんに連絡。

 

かみさんLINE 「.......」

これが第一発目のメッセージ。絶句、ってやつですね。

その後いろいろやり取りがあって、がん保険もちゃんと入っていたことが判明(お友達が外交員やってました)、こっちで加入している保険と合わせて当面お金の心配はしなくて良さそうなことがわかってホッとしました。

子供たち(長男25歳社会人2年目、次男大学1年)へすぐ伝えるかどうか、ちょっと考えてまずは長男だけに伝えることに。次男は大学の期末試験終了後に伝えようということになりました。

さすがに長男も驚いてすぐメッセージをくれました。我が家は家族でおちゃらけたLINEをかなり頻繁にやっていますが、今回はさすがに

深刻です。

 

そんなこんなでがん宣告初日が暮れていきました。

この後、病院との連絡にひと苦労しますが、続きはまた次回以降に。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。