猛暑の続く日々の中、
先日、南山大学において、平和フォーラムが開催され、私も関係者の1人として出席させていただきました。
このフォーラムでは、
平和を願う心を共有し、宗教や国籍、文化の違いを越えて「内なる平和」について語り合い、日常の小さな行動や思いやりが、周囲との関係や社会全体にどのような影響を与えるのかを共に考えることで、平和の輪を広げる一歩とすることを目的としています。
第一部では、関係者として、南山大学学長、捧誠会会長、セントジョンズカレッジ学長の挨拶があり、第二部では、それぞれの関係者からの講演があったのですが、とても感動させられたのは、セントジョンズカレッジからこの日のために来日してくれた19歳の学生のスピーチでした。
私たちがずっと感じて心掛けていることを遠く離れたオーストラリアの学生が学び、その思いをスピーチしてくれたことに、感激させられましたので、今日はそのご紹介をさせていただきます。
英語でのスピーチではありましたが、日本語訳で少し長くはなりますが、簡単にまとめさせてもらいます。
現代の世界を見渡すと、私たちは紛争に関する見出しで溢れるニュースに直面しています。絶え間ない戦争、政治的分断、社会的な対立、そして私たちの未来に対する不安。私たちは外の世界に圧倒されるような時代に生きています。その中で、自分を見失ってしまうのは容易なことです。
しかし、私が学んだ最も大切なことは、このような外的混乱にどう向き合うか、そして本当の平和を築く道は、「外」にあるのではなく、「内」から始めるということです。
最も深い学びの1つは、「心を清めること」、そして「我欲、エゴを取り払うこと」の大切さでした。「世界の指導者は、まず内面を見つめ、自らの心を徹底的に清めなければならない」
すなわち、平和のための行動が本当に効果を持つためには、純粋さと誠の心から生まれなければならないということです。
現代の多くの指導者が、この教えを取り入れてくれたらと願わずにはいられません。
外ばかりを見て、自我や欲望に支配されたリーダーたちは、内なる平和を追求する姿勢を欠いています。その結果として、戦争、分断、そして為政者と民衆の間に深い隔たりが生じています。野心が謙虚さに勝り、支配が思いやりに勝るとき、協調ではなく対立が生まれます。
真の変化は自己から始まること。平和な心が平和な家庭を作り、それが平和な地域社会をつくり、やがては平和な世界へと広がっていく----その連鎖反応は静かに始まるものですが、計り知れない力を持っています。
もう一つ大切な教えは、「平和の根本は、私たちは神の子であるという自己認識と、宇宙万物の根源である太極(神)にある」という視点です。
もし私たちがみな神の子であるとすれば、私たちの間の共通基盤は、表面的な違いよりも遥かに深いものになります。そして、「太極に心を合わせ、その御心に従って誠をもって行動しなければ、真の平和は実現しない」と学びました。
多くの国における政治的分断や社会の分裂、これは、「魂の曇り」と「誠の欠如」が引き起こしていると。
本フォーラムの主題でもある「心からの友情と誠の交流」が、そうした分裂への解毒剤なのです。
「物質的・精神的努力を共に行わなければ平和は築けない」
「指導者が魂の曇りを清め、誠から行動しない限り、苦しみは終わらない」
さらに、「万霊万物への尊愛」と「おかげをこうむって生かされている」という考え方は、環境問題に対する見方をも一新させました。
地球との関係は、平和の追求とは切り離せない----自然への畏敬を欠き、資源を搾取することは、内なる調和の欠如と「受けた大きな恩恵に報いることを怠る心」の現れなのです。
私たちが自然とともに平和を築くべきであることを深く認識しています。
平和とは単に「争いのない状態」ではなく、「心の奥深くに育まれる純粋さ・誠・普遍的な畏敬・神の子としての自覚」から成る、内なる状態のことなのです。
これはまさに今の時代にこそ必要なものだと信じています。
そしてそれは、老若男女を問わず、一人ひとりがこの内面の取り組みに関わるよう呼びかけていきます。 「誠の心で世界に平和を築く」ために。
19歳という若さでありながら、単身で来日し、これだけのスピーチができることに心より感銘を受けました。
この後、第三部として、南山大学の学生も交えてラウンドテーブル討議やQ&Aも行われ、平和について、多くの方々と学び語り合えたことは、明るい未来につながると感じられるとても有意義な時間を過ごさせていただいたのでした。