本日、無事記念すべき第1回目の調停が終了しましたーーーーー!!!


にしてもすんごく進むの遅いのね泣。



慌てて申し立てをしたのが5月末。

(なぜ慌てて申し立てたかは追って書きます)

期日が決まったのがその1ヶ月後。

そして次回の調停が1.5ヶ月後。



いつになったら自由の身になれるんや。



とりあえず今日は最初から厄日だったので、めっちゃ長く書きます。


まず調停に行くにあたって悩んだこと。

服装と化粧。



「離婚調停 服装」
「離婚調停 メイク」でググってみたけど


やっぱなんも出てこない。



ですよねー笑笑。



「あんまりケバいと印象悪そう!」


「でもブスよりは美人風の方がいいはず!(人は見た目が9割信仰)」

「でも幸せそうだとこいつ平気やんってなりそう!」


「服装は清楚風でいいのか?」

「お金ないアピールでみすぼらしい方がいいのか?!」


朝から色々と混乱しておりました。


結論、清楚風で行きました。


化粧はもちろんナチュラル風。

ミルキーホワイトのトップスに水色のカーディガン、ネイビーのスカートにパンプス。

バッグは地味目な就活みたいな黒のA4入るサイズ。


パーソナルカラーで勉強した色の知識フル活用したファッションです笑笑。


そして書類や印鑑、筆記用具を持っていざ出発。


しかし、ここからが長かった…


1.まさかのミス


調停開始は13:30。


しかし平成30年度の課税証明書が6月に出て、それを提出する必要があったので先に本籍地の役所に寄ってから調停に行くつもりだった。


が、

まさかの電車乗り間違えたーーーーーーー。



書類発行とかお昼とか色々な時間を加味してたので、調停には余裕で間に合う時間だったけど、


「終点〜〜」のアナウンスを聞いた時に顔をあげたら見たこともない駅名で焦った…



大江戸線って環状線かと思い込んでたよ。


気づいたら光が丘にいました。


どこここ。



慌てて乗り換え検索すると、区役所まで1時間弱。


そこから書類発行してもらってまた駅戻って電車乗って…となると調停に間に合うか微妙な時間。


しかし、このまま霞ヶ関に行くと調停の1時間前に着いてしまう。


遅刻は絶対に避けたいので迷ったけど、調停後に書類を発行することにして霞ヶ関へ行くことにした。



2.足壊死ニキに遭遇。


みなさんご存知だろうか。

足壊死ニキという方を。


知らなかったら調べて欲しい。

そして私の鼻腔がご臨終した。



3.ただ1人の戦士。


霞ヶ関に1時間早く着いたので、日比谷公園でひたすらぼーっとしていた。


なんなら小説を読んでいた。

意外と緊張もしてない。


13時になったので家庭裁判所に向かった。

いつも通り空港のような手荷物検査をし、申立人待合室へ向かった。


申立人と訴えられた側はそれぞれ別の待合室に案内されるらしい。


部屋は病院の待合みたいな感じで、ソファが並んでいた。


中には1人だけいた。


座って本を読んで待ってると、続々と人が入ってきた。


そして気づいた。


みんな弁護士さんと一緒じゃん。



もちろん部屋にいた人の中で、圧倒的に私が若かった。


そりゃ27でシングルマザーになる人もなかなかいないでしょうよ。


服装もスーツじゃないから弁護士ではなさそうだし、周りはみんなこれからの話や先方の主張等真剣に話している。


(え…1人なのわたしだけじゃん)


めちゃくちゃ心細くなりつつ、待っているとおじさんが入ってきて名前を呼ばれた。



■調停開始!!!


まず調停委員から自己紹介と今後の流れを説明された。


年齢大体60歳前後の男女1人ずつ。

物腰柔らかで少し緊張がほぐれた。


30分まずわたしが話をする→別室待機→相手(代理人)が30分→わたしがまた30分という流れらしい。


途中別室待機の前に「子連れ離婚について」の動画を見せられた。


まぁきっと親権母親になった場合、父親に会わせない人が多いからこういうの作ったんだろうなって感じの内容。


でも正直うちの子まだ1歳半だから父親の記憶無いと思う。


なので内容はあまり参考にならなかった。


物心ついてて父親の記憶あるなら別だと思うけど。


正直この辺はどうするのが娘にとってベストなのかわからない。


1回目に聞かれたのは、ネットで調べていた通りの内容で、馴れ初めやいつからもめ出したか、別居のきっかけ、離婚したいのか、親権はどうしたいかなど。


時系列で聞かれるから整理して行けばよかった。



正直、うちはデキ婚で妊娠中も相当揉めたので記憶があやふやだ。

(そのことも追って書きたい)


当時のことを思い出して辛すぎて泣くつもりなかったのに、泣いてしまった。


で、時間が来たので動画を見る部屋に移動の後、申立人待合室へ戻って待機。


意外とすぐに呼ばれた。


相手の主張が代理人弁護士によってまとめられた書類を渡された。


目を通すも内容ひどすぎて笑えてくる。

夫が解釈するとここまで事実が変わるのね。


(オムツ替えすすんでやったことないのに、ゴミ捨てもお皿洗いも毎日するスーパーイクメン風に書いてある)


まぁ基本わたしが申し立ての際に書いた内容に関する反論と自己主張。


1回目の話の時は経緯とかを聞かれたけど、2回目はもう結論が双方で合意してるので条件面の話ばかりだった。


まぁわたし算定表通りしか請求してないんで弁護士立てるのも意味不明なんですけど。


1番びっくりしたのは相手が親権については保留してること。

調停委員さんも「え?!」と驚いていた。

なんせあれだけ激務で〜〜とか書いてあったのに、子育てできるの?っていうね。

あと妊娠中に言われた「お腹これ以上大きくならないで」とかのモラハラ発言も全部伝えてあったので困惑していた。


そらそうだわ。


婚姻費用調停は算定表があるし、かつわたしがそれ以上の突拍子もない額を請求してないので、書類(通帳とか源泉徴収とか)が揃えばあっさり終わるだろうとのこと。


ただ納得いかなかったのは、病気で働けない、または乳飲み子であるという理由以外の場合、算定表では実際無職でも給与が0円のところではなく、1段階上の100万円以下の部分で算出されるということ。

これは働けるのに働いてないだけって見なされて、3歳までは自分で育てたいとかそういう教育方針とは無関係らしい。

保育園いっぱいで入れないっつの。



あとうちは両親同居なのでそれも加味される。

子育てほどOJTで大変なことはないのに、本当理解ない制度だなと思った。


新算定表もまだ全く機能してない。
(シングル家庭の貧困問題から、額が従来よりも多くなってる)

実際夫にも新算定表で出したらブチ切れられた笑。



てかそもそも海外別居手当で17万プラスで出てるのに何渋ってんだよって思うわ。


まぁとにかく早く終わらせたいので算定表通りもらえればいいですと伝えてそれは終了。


次の問題は離婚調停。

離婚には、お互い合意なので向こうが親権もっと主張してくるとかない限りこれも他のケースよりはスムーズにいくだろうとのこと。


ただし


問題は面会交流の条件。


わたしは父親(夫)に娘を会わせることに関して異論はない。


ただ、義祖父母には絶対に会わせたくない。


なぜなら中絶を反対しなかったから。

これは一生忘れないし結婚中もわだかまりとして残っていた。


中絶させようとしてたくせに会わせ続けろとか虫が良すぎる。

他人でしょ?


そこの条件を向こうは帰国時、完全に義祖父母の家で数日間過ごす(向こうは新幹線で2〜3時間かかる場所にある)というもの。


あとは2週間に1回テレビ電話と写真、近況報告。


正直これもしたくない。


散々約束を反故にして、自分は海外に全部ほっぽり出して逃げたくせに今更何って思う。


次回の宿題として面会交流の条件をどのくらい譲歩できるか考えてきてと言われた。



あーーーー気が重い。。。


いつになったらわたしの人生の時計は進むんでしょうか。


でも帰ってきて娘の顔を見たら疲れ吹っ飛んだ。


泣きごと言ってられないので、しっかり母親らしくがんばります。