命がはかないということはその本質が軽やかであり微細であるということです。どの部分においても、天使の様な軽やかさで互いの関係が全体に響きわたる様にして世界はあるのでしょう。世界はまるで多様な音楽のようです。


だから重厚で抑圧的な社会を創っておきながら、命は重く、故に尊いなどというのは実相にそぐわない言葉なのです。


命は重いから大切なのではありません。大切なのは、あらゆるところに軽やかさ、微細さをみようとする意志なのだと私は思います。それこそが人間の創る社会の傲慢さを突き抜ける意志なのです。



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グローバル資本主義の構成要素というと、「均質化」「商品化」「情報化」が挙げられます。そしてそれを一元的な貨幣が支える構図になっています。産業が第二次、第三次と情報産業まで行き着いた社会は、成熟社会と呼ばれる事があります。情報の細分化により多様化した欲望を持った成熟社会には、もはや大量生産ー大量消費という図式は通用しにくくなり、経済の流動は停滞する運命にあります。そしてそういう社会には富の独占や富の格差の問題が大きく露呈する事になります。これが成熟社会であり、拡大成長路線の資本主義の限界を示しています。


そして日本は、高次元に開かれた共同体の志向というような宮沢賢治的な近代の主題を思想的に乗り越えないまま、グローバル資本主義に巻き込まれ、家郷を失ってしまったような幸福度の低い国になってしまった様に思われます。


私達は当然幸福を求める訳ですからここで立ち止まる訳にはいきません。日本人は長い間第一次産業でやってきたのだからそこに戻るべきだという声もありますが、ただ戻るだけというのは今の私達にはとても出来そうにはありません。そこで私が言いたいのは、第一次産業を幸福論に基づいて高次に取り戻すという事なのです。


第一次産業は自然からの贈与物と人間の技術か出会う場に発生するので、当然人間の幸福に深く関わっています。幸福に関わる何かが大きく流動しているのです。この流動を社会全体に行き渡らせようとする事が、第一次産業を高次に取り戻すという事なのです。


それは市場通貨を媒介しない贈与経済圏を生み出し、自然に対峙する幸福な仕事と贈与の環による社会の包摂を私達にもたらせる事でしょう。その経済圏では当然食が中心なので富は独占される事もなく、感謝と報恩の心に満ちた祭りの場において消尽され、現存する市場経済圏のような流動の停滞を防ぐ事が出来るのです。


成熟期を迎えた私達には、生きていくのにもはや多くの貨幣を必要としません。それが必要かのように仕向けている一部の富める者達の為に私達は労働と生活の奴隷となる必要は全くありません。政界や経済界の残酷さをうんざりする程見せつけられた私達は、今こそ変わる必要があるのです。完璧な社会など出来るはずはないのですから、せめて私達はこんなにも堅苦しい社会を、ユーモアの精神でちょっぴり幸せな社会に変えてみたいものです。


私はこのような文明の転機に立ち会えた事に感謝するばかりです。


非情の悲しみの果てに


修羅と化した


賢治の大粒の涙が


透明な優しさを携えて


我らの無明な生活を破壊し


我らの生命圏にとっての


善きものと悪しきものを


我らに明らかにし


平面を作り出す我らの世界より


垂直に立ち昇る何ものかを


太古からのよき知らせとして


我らは確かに受け取ったのです

世界が変わってしまったあの日より、多くの人々が様々な深度で傷を負いました。肉体が傷を負い、生活が傷を負い、生きる意義が傷を負い、・・・心ある人々は様々な傷を負いながら、それぞれの日常を取り戻そうと苦心しているのです。


このような時代ですから、私は人の心の灯火であろうとする音楽に携わる人達の苦悩を思わずにはいられません。もはや心地のいい言葉や、人を無根拠に鼓舞する言葉が、深く傷を負った人々の癒しにはなり得ないという無力感の前で、何かが問われ続けているのです。これは宗教的な問いと言ってもいいのでしょう。世界、そして人の心にはこの問いだけが常にあり続けていたのに、私達はそれを見過ごしてきたのです。これから私達は、剥き出しの世界の中で新しい表現を、創造を問われているのです。


もちろん、音楽が人の心に贈与するのは言葉によるものだけではありません。風のささやきだったり、光の色彩の変化、あらゆる生命間の尽きる事の無い対話、・・・微に入り細に入り音楽が表現するものは、あらゆる存在と非在の間にある肯定的な力なのだと私は思います。そして私達の心にその強い肯定力があれば、たとえどのような世界にあろうとも、存在を贈与してくれるものに対して深く報恩の心を抱き、自ら発露する素朴で肯定的な欲望、すなわち実存に基づいた意味のある生を歩む事が出来るのです。


あらゆる物事それ自体は中立で意味をなさないけれども、意味に生きる生命である人間の実存にとっては、あらゆる物事に意味があるのだと言えるのでしょう。だから私達に必要なのは、怒りや妬み、恐れの感情を避けつつ、経験により積み重ねたものを消化し手放す努力の先に、自らの素朴な実存を認識し、実存に基づく生の内に、存在を贈与してくれるものとの調和を実現する契機として生を捉える事なのです。


これが修行者でない私達が実現できる人間の幸福であり、すぐれた音楽における調和はそれを先取りしています。ですから音楽に携わる人達は、このような揺れる時代にこそ、自信を持って調和の智慧を発信して頂きたいと私は願っています。

スポーツマン精神という言葉があるように、スポーツは爽やかさをモットーとしています。第三者に見守られながら、それぞれの場のルールに従った上で、その中での自由を楽しみ、終了の合図と共に結果は結果として爽やかに受け止める・・・時には八百長問題等、歪んだ構造も露呈しますが、基本的には利権の欲望を生まない爽やかな場というのがスポーツのエートスなのです。


プロの世界には必ずしも当てはまらないことですが、スポーツはゲームにおける闘いであり、事故でも起こらない限り負けても死ぬ様な事はありません。その様な遊びの場として、市場経済の場があればいいと私は思います。


市場経済の場における負けは生死を脅かします。あらゆる価値のあるものが市場のルール、貨幣のルールに縛られ、その奥底で利権の欲望による暴力が行使されているのです。そんな中で自由を楽しむ事など爽やかな人間にはとても出来るものではありません。


スポーツマン精神に則り、利権構造を生まない市場経済に変革する為には、負けても死ぬ様な事のない贈与の輪に守られた経済圏を生存圏として分離する必要があると私は思います。そして、そこで滋養を養われた爽やかな精神で市場経済のゲームを自由に楽しむ事が出来るのです。


利権から解放された市場経済圏における科学技術は魅力的に表現されて文明を邁進させ、生存圏におけるその科学技術は、古代社会の人達の様な調和の智慧をもって、慎重な倫理による精査の上で取り入れられる事でしょう。そしてここに文明における調和が実現されるのです。


私は「スポーツ化する市場経済」とこれを名付け、これこそが明るい未来を指し示す光明の一つであると、ここに宣言したいと思います。

「豊かさ」という言葉を辞書で調べると、そのひとつに「経済的に恵まれていてゆとりのあるさま」とあります。日本語の通念において「豊かさ」は経済のことだという思考があるようです。その意味では日本は先行きは暗いものの、まだまだ豊かな国だと言えます。


豊かな国である日本は、実際には毎年三万人もの人が自らの死を選んでしまうような国であります。豊かな国が幸福な国なのではありません。貧しい国の多くが富める国よりも幸福度が高いというデータが何を語っているのか私達はよく考える必要があります。


幸福に関わる「豊かさ」は、限定された経済に向けられると「快適さ」の追求によって得られるという思考に到るようです。人間が快適を求め、不快を避けようとするのは生命に根ざした性で自然なものです。ただこれは本当の「豊かさ」に直結するものではないと私は思います。


「快適さ」は市場経済や、それを支える技術と親和性を持ちますが、「豊かさ」は人間の存在の内奥に深く関わるものです。私達が近代以降求めてきた、歪曲された「豊かさ」である「快適さ」は、最終的には社会の包摂を市場に譲り渡しました。市場の思考が社会を覆い尽くし、自然は単なる資源や景色と化し、自然な人間関係である共同体は破壊され、日本は快適で心貧しい国になりました。日本人は素朴を愛し、自然を愛するメンタリティーを抱えながら、実際には快適な生活や労働を強いられている様に私には思われて仕方がありません。


この度の未曾有の天災、そして恐るべき人災を大いなる転換期と捉えなくてはならないと私は強く思います。三万人もの人達が、自ら死を望むような社会に復興してはなりません。その為には市場経済ともう一つ別の経済圏を創出する必要があると私は思っています。それは「贈与の輪の内に私達の生存は守られる」というメッセージを発している様な経済圏です。既存の政治というものに期待しなくなった私達は、既にそういう経済圏の創出に多方面から一歩ずつ足を踏み出しているように私は感じます。


闇の内から光は立ち上るのです。その光を見つめながら一人一人が行動することが、日本人のメンタリティーが腑に落ちる様な幸福な社会を創造する事に繋がるのだと私は祈るばかりです。

うわついた こころを


大地に突き刺して


その底より世界を見ると


あらゆる生命は


このこころと繋がって


ゆらり ゆらりと流れゆく


我らは大地の子供たち


                      

いつの頃かよく分かりませんが、これは山々に取り囲まれたある村のお話です。
その村では代々引き継がれてきたある掟がありました。それは食べ物に関することで、動物の肉は野菜や木の実のように人から人へ流通してはならず、自分の目で直接その命が絶たれる(首を切られる)ところを見届けたものは食べてもいいというのでした。狩りをする人達は山で動物を捕まえると、村の中央広場で村人みんなが見守る中、厳かにその首を切り命を絶ちました。みんなはかわいそうに思い、そして不思議と豊かな気持ちにも満たされながらそれを見届けた後はその肉を食べて、その毛皮は見事な装飾品に仕立てられ、その骨はきれいに整えられて川にそっと流されるのでした。


ある日、村の村長が若い人達を連れて狩りに出かけました。村人達は中央広場でその帰りを待っていたのですが、日が暮れかけてもなかなか帰ってこないのでみんな心配に思い始めました。
するとザッザッと草の擦れる音が聞こえ、若い人達があわてた様子で広場に駆け戻ってきました。
「大変だあ。村長が熊に襲われた。村長は死んでしまった。」
その言葉で村中がしんと静まり、大きな暗闇に包まれてしまったように感じられました。
「村長は最後にこう言ったんだ。悲しむな、こんなことはどこにでもあるのだと。」
その後、村長を失った村人達は狩りに行く気になれず、育てた野菜や木の実だけを食べるようになりました。


その村にきつねのような目をしたある男がいました。いつも村のはずれでニヤニヤしている嫌な感じの男でした。その男はどこかから銃を手に入れ、独りで山に入り、動物を銃で撃ち殺してその肉だけを村に持って帰ってきました。
「みんな栄養が足りず弱っている。このままでは死んでしまう人もいるだろう。これは仕方のない事なのだ。さあみんなでいただこう。」


最初はしぶしぶでしたが、久しぶりの肉があまりに美味しくてみんな夢中で食べました。
「この銃があればどんな大きな動物でも一発でしとめられる。狩りはこの俺にまかせればいい。」
とそのきつね目の男は勇んだ様子で言いました。それから何度もその男は山に入っては肉を持ち帰り、みんなはそれを食べるのを楽しみに待つようになりました。誰も動物をかわいそうと思わなくなり、みんなすっかり村の掟を忘れたようでした。ある村人は山の中で無惨な姿の動物の死体を見たそうです。


あるしんとした夜、村の奥まった家から大きな悲鳴が村中に響きわたりました。村の若い人達が駆け寄ると、そこには大きな大きな熊がいて家をめちゃくちゃに壊していました。家の人達はみんな殺されていました。若い人達はそれぞれ手に持っていた鍬や包丁でその熊に飛びかかろうとしましたがたちまちにたじろいでしまいました。その熊がなぜかあの村長のように感じられたからです。どういう訳だか村長に思われるのです。たじろいだ隙に若い人達数人が熊に張り倒されて死んでしまいました。残った人達も足がすくんでぶるぶると震え、あきらめた様に天を見上げたその時、熊は短いうめき声と共に大きな音を立ててその場に倒れました。


きつね目の男が銃で熊の頭を撃ちぬいたのでした。
「いやあ大ものをしとめたぞ。どうだこの銃の威力はすごいだろう。」
熊の死に顔は少し笑っているようにも思われました。村人達は誰も何も言わず、泣き出すのをこらえているような顔をしながらその熊を中央広場の真ん中に埋めてそこに大きなお墓を建てたのでした。


そして何年か経った頃、あの熊が手に持っていたらしい植物の種が広い土地に実りをもたらし、村中の人達の主な食べ物になりました。その食べ物は美味しいうえにとても栄養が豊富なので、村中から病人がいなくなる程でした。もう村人達は動物を殺さなくてもよくなりました。
ところであのきつね目の男は気がおかしくなった様子で山の中をうろうろしているのを見たとある村人から聞きました。


かつてニュウファウンランド島のヒルティ村で行われ、幻想の内に壊れたビヂテリアン大祭に敬愛を込めて・・。これは架空の所信表明演説の台本です。


フード社会主義、この風変わりな言葉をお聞きして皆様方はどの様な印象をお持ちになったでしょうか。フードは食(FOOD)であり、風土でもあります。食の問題は我々にとって不可欠で最も重要な問題であります。社会主義と聞くと、歴史上に存在してきた人々の自由を奪う社会体制を想像してしまうでしょうが、これは強制のない社会契約を意味しています。基本的に人々の自由を尊重する考え方であります。


まず始めにこの思想の背景ですが、その中心となるのは幸福論であります。これは個々人の幸福のあり方を規定するものではありません。人それぞれに歩む道は多様にあり、それぞれの道を通じて人は心の調和を目指していると思われるからです。ただその難題に各々が立ち向かう為だけに、基盤となる社会的幸福が実現されなくてはならないと私達は考えます。


社会的幸福の目指すものは人間同士の調和、人間と自然との調和であり、これがあらゆる社会活動やテクノロジーの倫理となります。しかし、その倫理を立ち上げるのに、従来のヒューマニズムやエコロジーでない新しい調和のための道具を現代の人間はまだ持ち得ていないように思われます。おそらくは人間の認識を「客観」に開いていく実践が必要なのではないかという事で私達は農業という活動を再認識したいと考えます。


自然なるもの(環境である自然と人間の心の自然)を去勢し、コントロールしたうえで、人間の思考の内部領域におけるエコノミーやコミュニケーションが、人間を表象と商品の世界に閉じ込める、近代的思考のなれの果てがこの世界の非対称と閉塞感であり、これは豊かさというものを歪曲して社会を形成してきた結果の姿なのだと言えるでしょう。もはや私的利害のぶつかり合いでしかない資本主義の本性がむき出しになった世界で私達は経済戦争の戦略的な夢を描き続ける事が社会的幸福だとはたして言えるのでしょうか。


私達は合理的な思考能力とともに、世界を矛盾のままに捉える全体直感的な認識も持ち合わせています。そしてその非合理な矛盾のうちに私達は何ものにも去勢されない豊かな何かを直感しています。これは私達と生物構造的に変わらない古代の人間から、芸術や宗教のように表現され続けてきた事ですが、この認識はどこからやってくるのでしょうか。


それを私達は思考の外部領域と考えます。あらゆる表象の外側にある底なしの「客観」の世界です。その外部領域とのエコノミーやコミュニケーションを通じて、人間は倫理と調和を持った社会を形成できるのではないかと私達は考えます。


だから農業なのです。それは近代農業ではなく、「人類の、楽しい仕事」(ロバート・オーエン)としての農業です。農業は人間と自然の共同作業であり、人間には自然に対して細やかな配慮が必要とされます。人間は自然に労働を通じて語りかけ、自然はそれに応えて作物と共に人間に謙虚さや深い倫理を贈り返すことでしょう。そしてその謙虚さと倫理を持って、人間は合理と非合理の調和した相互扶助的な社会を創造するだろうというのが私達の思想であります。個人と公共、人間と自然との間に法だけによらない中間領域の創出としての農業、これは新たなる共同体との社会契約、里山的風景とテクノロジーが結びついた新たなる自然契約、食の直接性の取り戻しを目指すものであります。


以上が思想的背景でありますが、大雑把に言いますと、農業を労働の奴隷的状況から解放して私達の有志者皆で半農民となり、生存の基盤となる最低限の安全な食に市場通貨を媒介させないという目的のために私達は三つの具体案を掲げます。それを私達は修農制と修農成人式、そして農業参加契約制度と仮に名付けました。


これまで述べた思想の実践を、もはや意味を失いつつある成人式の新たなる通過儀礼として表現する為に、まず修農制、そして修農成人式を掲げます。これは所属する共同体の風土にもよりますが、基本的には現代の日本人の食の支柱である米作りに従事して素朴な農村生活を送り、最後に収穫祭(この司祭としてかつての「稲の王」としての天皇が望ましいと私達は考えます)を経て成人とみなされるというものであります。通過儀礼において、人間は理性的な社会秩序からいったん引き剥がされ、大いなる存在に飲み込まれて小さな個体性の幻想を破壊され、自らの中心に大いなる存在とのつながりを抱えて社会に再生する事によって、本当に意味のある生を歩む大人になるというのが古代的社会における実存哲学なのであります。これまでの成人式と同様に強制ではありませんが、これは日本人の客観認識を、形而上学的にではなく身体的な実践を通じて取り戻してみようという試みであります。


そして農業参加契約制度でありますが、これは修農制を経た成人を中核に、各々の所属する自治共同体において、個々人の自由な活動の大きな妨げにならない程度の作業の負担の代償として、共同体内の全ての人(契約といっても労働の不可能な人々も包摂する自発性を重んじる「ゆるい」共同体です)が、最低限の安全な食材、あるいは健康的な食事の提供を受けられるものであります。私達は、大食堂と農産物広場と大浴場が一体化した様な施設をイメージしています。さらには里山的風景に基づく住居の提供や無償診療所の設立など、生存に関わる最低限の事には市場通貨を媒介させない保護領域を創出し、その上で個々人の本来の才覚による自由な活動を推奨する、安心をベースにした新しい市場経済を目指すものであります。


古代的社会を生きる人達は、宇宙的なバランス、調和を最重視して彼らの文化様式を慎重に守り、無思想な文明には進まないという選択をした為に、文明世界に圧倒されてしまうという美しくとも悲しい歴史を歩んできました。私達は宇宙の根元を追求して人間の意識を裸にしていく文明を進みながらも、全体が調和している様な新しい方法を模索しなくてはなりません。その為にはまず、格差や寡占化を生み出すこれまでの資本主義のネガティブな側面に自由の風を吹き込む必要があると私達は考えます。


また、私達は外交に関して、独立すべきものと開くものとの線引きが重要だと考えます。独立すべきは生存保障に関わるものです。そしてそこに日本人が腑に落ちる思想がしっかりと根を下ろしている事が重要なのであります。日本人が固有の社会的幸福を目指して生きている事が、民族を超えた調和の智恵を世界に発信していく事だと私達は考えるからです。


風土に見合った食(FOOD)が工夫されて提供される公共の場を持つという事がいかに多くの問題を根元的に変えていくのか、想像に難くありません。それは日本人のメンタリティーに寛容とユーモアの精神を取り戻し、強張った世界における闘争ならぬ逃走を試みさせる事でしょう。そして慎ましく熱を帯びたその宗教性は宗教の枠組みを超え、生活芸術として昇華されるのであります。日本人はプリミティブな智恵を持って、はるかなる過去とはるかなる未来の夢を紡いでいく高貴な精神をまだ完全には失ってはいないだろうと私達は信じています。
どうもご静聴ありがとうございました。


これで演説は終了のようです。もうすぐ長かった夜も明けそうです。月光に包まれた優しい空間のように、か弱き幻想は陽光にかき消されてしまうのです。ではまたの夜にお逢いするとしましょう。


ロンサン山脈の高い峰々のふもとにナザリという小さな国がありました。鉱山から採れた鉱石の貿易によって経済が大きく成長し、国中には様々な魅力的な輸入品があふれ、渦中にいる人々はまるで自由な生を謳歌しているように見えました。その一方で貧困や病気や老衰、死の様な、生の陰りと思われるものは、災いをもたらすものとして人々の目に触れない外側に隠されているのでした。


国のはずれのほう、山々から合流した川が静かにせせらぐところにピピンという名の貧しい農家の子供がおりました。ピピンは幼い頃から普通の人が聞き取れない音を聞き分けたり、普通の人が見分けられないものを自然の中に見つけたり出来る少し変わった子供でした。他の子供達が大人ぶって詩を興じているのには目もくれず、川のほとりで一人メソメソ泣いたり、ニタニタ笑ったりしているので子供たちの笑い者にされるのもしょっちゅうで、両親もそんなピピンを心配に思っていました。


ある夜ピピンは夢を見ました。それはいつもとは違うまばゆい鮮明な光に満ちた夢でした。光の中にピピンは千の手を持つ千手観音の姿を確かに見たのです。そして光が語りだすとしか言いようのないように、言葉そのものが自ら語りだしました。

「これは詩の言葉ではない。おまえに千の力を授けよう。」


明くる朝、炊事をしている両親に向かってピピンは言いました。
「お父さん、お母さん。私は王様の許に行かねばなりません。王様に申し出があるのです。」
あまりに強い意思のある言葉に両親はあっけに取られてしまいました。こんなピピンは今までに見た事がありませんでした。お母さんはピピンの為に握り飯をこしらえてピピンに持たせると
「ピピン、これが本当のお前なんだねえ。」
と少しさみしそうに言いました。


ピピンは静かな面持ちで王様の前に立ち、頭を下げました。王様はたいそう物分りのよさそうな口調で
「農家の息子ピピンよ。私への申し出とはどういった事か。」
と言いました。
「はい、王様。この国はたいそう裕福です。何不自由ありません。でも私には見えるのです。国の人々の貧しさが。」


「貧しいとはどういう意味か。我が国の鉱石は無尽蔵だと言われておる。我々の経済には陰りなどないのだぞ。」


「はい、王様。でも経済をつくっている貨幣とは何でしょう。それは永遠不滅という神様のようなものです。この神様があらゆる価値判断を一様に下すのです。この世に不変のものはなく、生じるものは必ず滅する運命にあります。それを恐れるあまり人々はこの神様を生み出し奉るようになったのでしょう。でもこの神様は人々を魅了し、無限に増え拡がる呪力を持っています。それは人々に、富を蓄えたり独占しようという欲望を生み出し、人々の心と大地に荒廃をもたらすでしょう。この神様は人々を幸せにはしません。」


「ピピンよ、幸せとはなんだろうか。私には分からん。」


「王様、幸せを実現することは大変難しい事だと思います。かつてブッダというお方が人生は苦しみであると仰いました。人間には生老病死の苦しみがあり、これは避け難いと。これを乗り越えて、心の静けさを得ることが人間の本当の幸せだと私は思いますが、これは大変難しい事だと思います。だから国は、社会はこの苦しみを隠すのではなく、苦しみへの配慮こそを最も大切にしなくてはなりません。生の側の視点だけで社会を創るのは人々の苦しみを大きくする事になるのです。」


「ではどのようにしてその社会は実現されるのだ。」


「はい、王様。そもそも人間には国や貨幣を創る必要はなかったのですが、一度出来てしまったものを無くすのは難しい事です。ですからせめて人間の苦しみに関わることを貨幣の神様から解放する事が必要なのだと思います。生死に関するあらゆる儀式、他の生命を食して生を維持すること、病を癒す事、老いを支える事、これらの生存の苦しみに関わる事に人々を魅了する貨幣を用いてはなりません。これらはみんなで助け合い、支えあって行う事です。その安心の上で経済が行われるのであれば、人々は生来のやりたい事だけに才覚を発揮するだろうし、それは社会としての豊かさを人々に実現していくように思われるのです。奪い合う社会から与え合う社会になり、これは荒ぶる人々の心を鎮め、人々は本当の幸せを求めるようになるのではないでしょうか。」


王様はボーッとしてしまいました。心が溶けだして、やわらかい不思議な感情に包まれていく様でした。


ピピンはいつもの川のほとりにいます。まばゆい光の色彩がわずかに変化するのを見てニタニタ笑っています。子供達がそれを見て笑いかけましたが、まるでピピンの体が透き通ってそこから虹が立ち上がっているかの様に感じられ、みんなはボーッとしてしまいました。国中の人々がロンサン山脈にかかったこの大きな虹をいつまでも眺めていました。