普段、私は看護師として「与える側」である。

精神科の看護師をしているため、尚更だ。

日々、消耗していく。。。チーン


患者は、病気ゆえに変化やストレス、刺激といったものに脆弱であり、気分が左右されがちだ。

人によっては看護師に暴言暴力をする。

あるいは、自分自身を傷つける。

多訴になり自分の要求を訴え続ける患者もいる。

そんな患者は、医療者の言葉も都合も何も耳に入らず、仕事が進まなくなる。困ったものだ無気力


高齢の患者であれば、認知機能の低下により、思わぬ行動をすることがある。

脱衣をしたり、他の患者にちょっかいを出したり、自分の便を口に入れようとしたり。色々。


精神科は他の科とは違い、独特である。

ここには書けない様々な事が起こる病棟だ。

それらは、私にとって緊張やストレスとなる。

私もメンタルに脆弱性があるので、ストレス耐性が低いことを自覚している。とても疲弊している。



私は、仕事に疲れてしまった魂が抜ける

枯渇している。



自宅に帰って、緊張の糸が切れれば動くことが困難となる。自分の世話をするのも億劫になるくらいには、疲れている。


それでも、仕事上、全身が「不潔」であるから、必ずお風呂やシャワーに入る。空腹を満たすために食事もする。節約のため、翌日のお弁当も作っておく。

ここまでやって、体力気力は限界であるネガティブ



翌日が休みならば、緊張感ゼロとなり脱力してしまうため、なかなかお風呂に入れなかったりする。

重い腰を上げて、ようやっと入るのである。



彼氏と会うのにも、パワーがいる。

彼は私に気を遣い過ぎるところがある。

気遣いは嬉しいが、過剰になると、気を遣われるこちらは疲弊するのであるチーンダッシュ


一緒にいて「回復」どころか「消耗」してしまうので、一時的に会うことをやめている。



いまの私に必要なことは【回復】。

ひとりになって、自分のペースでゆっくり過ごすことが、こんなにも素晴らしい時間だってことを、思い出している笑い泣きキラキラ


食べたいときに、食べたいものを好きなだけ食べる。たっぷり食べても驚く人はいない。それは気楽である。


眠くなったら寝る。たとえそれが14時だとしても、気持ちよく眠れたら、それでいいのだ。


朝は、目が覚めたときが、私にとっての朝である。誰かに、無駄に早く起こされることもない。たっぷり眠れたという感覚が大事なのである。




不規則に訪れる休日を、大切にしている。

誰にも会わず、家からも出ず、ただひとり過ごす。暖かい部屋で、好きなものに囲まれて、気の向くままに。何も考えず、ぼんやりとする。


この時間が、回復へと繋がっている。

空っぽな私の心がゆっくりと、少しずつ、満たされていくのを感じる。

もっと、もっと、満たされたいと願うけれど、出勤すればまた消耗する。すぐに枯渇し疲弊する。

この繰り返しである。



50歳を迎えたら、違う働き方をしたいと考えている。それまでは頑張るしかない。

「ひとり時間」に癒されながら、前に進む。