人と人の信頼のつながり、絆

きっかけは様々であるがその出会いを単なる出会いで終わらせてしまうのか、絆とするのかは、人それぞれである。

一期一会という言葉、感慨深いものが感じられる。
人間は決して独りでは生きてはいけない。少なからず他者との関わりの中で自己と他者の存在を認識し、アイデンティティーに悩むのである。

いいか悪いかは別として、他者の存在は自己にとって何かしらの影響をもたらす。中には非常に有益な関係をもたらす出会いもあれば、逆もしかりである。

悪いものがあるならば他者との関わりを避けよう、といった姿勢では一切の成長は望めないだろう。ただ無駄に生き、死んでいくだけである。

いいも悪いも自分で取捨選択していく他に方法はないのである。

その判断の基準となるのものが今までの出会いの中で学んだ事が礎となるのではないだろうか?

出会いから絆となるものは数少ないかもしれないが、自分は絆を大事にして生きていきたい。

同じ時代に生き、そして出会ったことがすでに奇跡なのである。

1つ1つの出会いを大切にしなければ、絆なんて出来るはずもないのである。
最後に、一度信頼関係が築けたのならば何があっても裏切ることがあってはならないと思う。

少なくとも自分の裏切りによって絆が壊れるといったことが無いように心がけたい。
今日の自分が存在している、若しくは今現在の状況は、今日までの生き方の蓄積がもたらした一つの結果ではないだろうか?

つまりは何もせずにだらだらと惰眠を貪ってきたのならばそれ相応の今日があるだろうし、何かに向かって努力をしてきたのならばこれまたそれ相応の結果があらわれると言う事である。

大切な事は二点だ。
一点目はどんなに調子が悪いときでも悪いなりに最善を尽くすということ。

二点目は何か目標を持つこと。できれば具体的なほうが望ましいのかな?

過去があって今につながり、今が未来を創造する。過去は変えられないが未来はいかようにもできる可能性を持っているのではないだろうか?
ちっぽけなこと、つまらないことであっても、そこから感じるものは人それぞれである。

幸せな人は些細なことにも喜ぶことができる。感性の問題もあるとは思うが、何も感じないよりは、何かしら感じ取れるものがあったほうがいいと思う。こういった小さな積み重ねが、いつか大きな成功の礎になっていくのではないだろうか?
心が豊かな人と経済的に豊かな人、どちらも捨てがたいが、自分は前者になりたいと思う。

一日を精一杯生きること、自分を騙さないこと。

理解することと行動することは似ているようで別物なんだなぁ…