犀川です。学生時代はこの川べりでギターを伴奏に、仲間とそのころの流行り歌を歌いました。
金沢は犀川と浅野川に挟まれた土地、街のいたるところに小川が流れ、昭和40年代、住民は生ごみを川にすてていました。

今では考えられないことですね。生ごみは魚の餌になりましたけどね。

今、そんなことをしたら、密告されて袋たたきにあうでしょう。

昭和40年代初めのころ、金沢の街中でもぼっとんトイレでした。
下宿した家にはまだ竈がありました。

夏には蛍が出ました。白鳥路を蛍を愛でながら恋人と散歩する、夢のようでしたね。

冬は…、雪で難渋しました。道はつるつる、ちょっと歩いてはすってんころりん、坂の多い街でした。

春は、桜の饗宴、金沢城から兼六園、石坂にかけて見事な桜でした。

秋は、モミジよりも桜の紅葉が風情があって美しいと知りました。

 

今は昔の話でございました。