こんにちは、もりあげくんです。
今日は朝来市生野町の「生野山城跡」をご紹介します。
応永三四年(1427)播磨の守護職の赤松満祐が将軍足利義持に反抗して兵を挙げた際、将軍は、その討伐を但馬の守護職である山名時熈(ときひろ)⇒山名宗全の父です。に命じました。
山名時熈(ときひろ)は兵を率いて生野に来て、山の山頂に城を築き、赤松満祐討伐に備えました。
その後、赤松満祐が将軍に謝罪し、討伐は行われず、時熈(ときひろ)は兵を収めて出石に帰りました。
山頂にはその当時の城址があり、「古城山」とか「御主殿」と呼ばれています。
ちなみにもりあげくんは「御主殿」かな? 小学校の校歌にもうたわれていますからね。
