皆さまこんばんは![]()
あっという間にG.Wですね![]()
G.W初日は主人もいないので無料で遊べる場所へ行って来ましたよ~![]()
みな4人がそれぞれ楽しんでいたのでなにより![]()
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さて本日は娘が(長女)初めて難聴と知らせれた時について書いてみようと思います。
かれこれ10年前長女が誕生しました。
12時間ほどの分娩で促進剤を使いやっと誕生した長女。
そこの産院で何日かたったある日
看護師さんが「耳のスクリーニング検査をしたけれど反応が見られないからまた明日にでもね。」って。
私は何が何なのか正直どうゆう検査なのかがわからず
ただただ「はいぃ~」って感じでした。
そしてまた
「今日もスクリーニング検査反応なかったのよねぇ」
なんて軽く言ってきた。
この時くらいから
もしかしてこの子耳聞こえない?って疑問を抱くようになり
当時はネットなんていうのも携帯でたいした見れないから
携帯の着信音をおっきくして子供の耳の側においてみたりして
(あ、今確かに顔動いたかな。。。)とか割かしプラスに考えたりもしたんだけど・・・
退院の日先生から耳のことで医大に一度行くようにと
さらさら~っと書いた紹介状を渡された。
ただそれでも私は半信半疑でいたのです。
そして生まれて一カ月くらいの時かな・・・医大へ行って詳しい検査をしました。
やはり反応は無。
スケールアウトってやつですね。はい。
その時初めて実感がわいて病院帰り泣いたのを今でも忘れません。
当時の旦那の親戚の叔母が
「障がいがあって生まれてきたりする子は親を選んでくるんだよ」
と言っていましたが
まだまだ受け入れる、受け止める余裕もなく
落ち込みました。
落ち込んでいてもしょうがないのは頭の中ではわかっているのに
(なんで?どうして?)という気持ちの方が先走っていました。
で確か2回目の医大受診の時
確か割と若い先生に
「人工内耳しないと無理ですね~。どうします?!」
なんてあっさり言われてムカッときたのもよく覚えています。
そしてここから聾学校へ通うこととなりました。
だ赤ちゃんでしたが
聾学校の先生方は親切に話を聞いてくれて
わかった経緯などをお話ししました。
そして早期発見はいいこと。
早めに補聴器を作り聴覚に刺激を与えることをするように!!と言われました。
聾学校へはまだ1カ月に1度~2度ほどの訪問で良かったのです。
聾学校は年齢に応じて通う回数や時間が違います。
当時私も正社員で働いていたのですがまだ赤ちゃんだったので休みをうまく利用して
通っていたので特に仕事との支障はありませんでした。
1歳から3歳までは週に1~3,4回くらいとなりますが
何とか午前中に終わったりするので通う分には問題ありませんでした。
2学年差で生まれた次女がまだ新生児でもキャリーにのせゆらゆらしながら
活動したのを覚えています。
ただこのあたりから
私と旦那は人工内耳の手術をした方がいいのでは?!と考えました。
当時はまだあまり実例もなくましてや2歳の子に全身麻酔をして5,6時間にも及ぶ手術を・・・と考えるとやはり心配で私はあまり乗る気ではありませんでしたが、聴力検査をしても
数字が上がらず補聴器も嫌がり苦戦していました。
やっとの思いで決意をし3歳になる一歩手前で人工内耳の手術をしました。
今日はこのへんで![]()
すみません。3番目の子が起きましたWWW
寝かします![]()
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本日も長々読んでいただきありがとうございます![]()

