□長屋住まい


1986年、様々な事情から母と弟の3人で暮らしていた私は、高校受験を目前に
控えていた。母は女手一つで2人の息子を食わせる為に、夜は家を空ける毎日
で、子供の進路の事についてどうのこうの考える余裕もある筈がなく、日々の
私たちの胃袋が満たされるにはどうしたらいいかと毎日考えていた事と思う。

家賃3万そこそこのボロい借家で、長屋と呼ばれるその建物は私たちをどれだけ
惨めな思いにさせたことか。

不安の中で迎えた15歳の冬、併願で私立を受験する友だちを羨ましくも思い、
ただただ自分の置かれた現実、貧乏を恨んだ日々。

長男の特性なのか、そんな屈辱感を抱えた少年は、自分の内面にある、得体
の知れない何かを隠し続ける。当然と言えば当然だ、母の置かれた立場を考え
れば、何も言えるはずがない。

「あの時」、39歳になって当時を振り返ってみると、もしもあの時母親が進路に
ついてもう少し考える余裕があれば、あるいは今の自分も少しは違った人生を
歩んでいたのかもしれない。

いや、そんな話、結局はもしもあ~だったら程度の過去に罪を擦り付ける、くだ
らない、とてもとてもくだらない話。


□気付く事の大切さを知る

結局、今の自分というものは、あの惨めな時代を生き抜いてきたからこそある
わけで、それこそあの時に感謝しなければいけないのかもしれない。

とにかく今現在、自分の子には自分がして欲しかった事をしてきたつもりだ。

そう、ここが大事。

子供の目線で、あの時自分はどうして欲しかったのか?あの時の15歳の私
が心の奥に仕舞い込んでしまった感情。

もう少し関わって欲しかった自分。それさえあれば...

もう少し強く!
もう少し高く!

飛べたのかもしれません。



苦労するのは気付いた人にだけ与えられる特権だと私は思うのですが、親
として、いま自分に出来る事を考えた時、その子にとって必要なもの。

それは親にしかわからないこと。


答えはいつもすぐそばにあると気付いた時、それは何もかもが変わる瞬間
なのかもしれませんね。