僕は現在23歳。お酒は飲めるが、かなり弱い。お酒全般が嫌いなわけではないが、その中にも好き嫌いはある。僕が最も苦手としているのがビール。とにかく苦い。それでも飲み会の席などでは「一杯目はとりあえずビール」という文化に従うことにしている。当初は、僕はこの文化に必死に反抗した。みんながビールジョッキ片手に乾杯の音頭を取る中、僕は一人ハイボールを構えていた。が、最近はそんなこともしなくなった。世間に浸透しきった「とりあえずビール」の文化に、とうてい僕一人では逆らえなかった。飲み込まれてしまった。なのでここ数年は飲み会に参加する度に1杯目はビールを飲んでいる。しかし未だに好きにはなれない。苦いものは苦い。しかし僕がビールを嫌う本当の理由は、単純に味が苦いからではないことに最近気がついた。

 僕の中に「ビール=大人の飲み物」という価値観が幼少期の頃からこびりついている。これといったきっかけはないが、飲料メーカーのCMや、仕事帰りにビールを流し込む父親の姿がまだ頭に残っているのだろう。僕はとっくに20才を越えているので、もちろん法律的にはビールは飲める。しかし大人の飲み物”ビール”を飲むことを、自分で許せない。なぜなら、僕は20歳以上ではあるけれど”大人”ではないからだ。僕のイメージする大人像は、非常に強大ではるか遠い存在だ。大人は、飲み会での愛想笑いには一切の隙が無い。大人は、彼女や友人の誕生日を心からおめでたいと感じられる。大人は、Facebookでは昨今の国際情勢を憂いてみせる。僕にはまだ彼らの仲間入りをする覚悟がない。「23歳にもなってそんな甘ったれたことを言うな」と言われれば、その通りだと思う。ぐうの音も出ない。しかし僕はまだ大人になり切れない。自分がまだ大人じゃないことを自分に言い聞かせたい。そこで登場するのが大人の飲み物、ビール。このビールという液体さえ飲まなければ、いや、飲むにしても好きにさえならなければ、僕はまだ大人じゃないことを僕は確認できる。

 それでも最近、ビールを少し飲めるようになってきた。決して美味しくはないが、苦みをあまり感じなくなった。それでもビール嫌いの自分を守る必要がある。「とりあえずビールで」の呪文を唱えた瞬間から、僕は晴れて大人の仲間入りを果たしてしまう。

 僕はビールが苦手なのではない。ビールが苦手な僕を、自分自身が必要としているのだ。