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(配役はチラシにて)

 

二ヶ月連続の顔見世興行の南座。

先月に引き続き、伺う。

夜の部は16時50分開演で、終演は22時近く。

五時間の長丁場だ。

 

二階ロビーには、こんな飾り。

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三階客席からの眺め

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南座は小さな小屋なので、舞台が近い。三階からでも花道がかなり見渡せる。

 

今回の目的は、仁左衛門のいがみの権太で「義経千本桜」三段目、「すし屋」だ。

配役も、権太女房に秀太郎、若葉の内侍に孝太郎、主馬小金吾に抜擢の千之助、

とオール松嶋屋が顔を揃える。

 

先月来、秀太郎は体調がよいのか、茶店の女房役を元気に演じている。

小金吾の置いた茶代をちょっと押し頂くようにして仕舞うところが、さすがだ。

 

孝太郎は台詞がいい。情の籠った台詞回し。

若葉の内侍も悪くないけれど、本来のニンとしては権太女房小せんの方だろう。

 

孝太郎の長男の千之助はまだ18歳。

この役が果たして無事勤められるのか・・?不安もあったが、杞憂だった。

初めこそ線の細い体型で必死に演じている印象だったが、

主の奥方と若君をただひたすらに守り抜く、という一念のみを性根に、

ぶれない演技で、後半の討ち死の場面の立ち廻りも見事に美しかった。

 

主馬小金吾。前髪の少年なので実際には十代の設定だろう。

千之助の儚い美しさは相応しい物だったかもしれない。

 

さて権太は、木の実からだと小悪党ぶりや、我が女房子への情愛が描かれて、

後半の悲劇との対比で観客にも分かりやすい。

 

前半のコミカルな小悪党っぷりが楽しい。

それでいて、女房には惚れ抜いていて、息子も可愛くて仕方ない。

どこにでもいそうな父親だが、この男、根性がねじ曲がって小悪事を働いて、

地元のいわば名士のような存在の、すし屋の父弥左衛門からは勘当されている。

 

歌舞伎では、弥左衛門が維盛の父小松大臣重盛にどんな御恩があるのか、

ということをまったく明らかにしていないのだが、

浄瑠璃では、弥左衛門が昔海賊を働いていて、その時の罪を平重盛に赦されたことを恩に着ているという設定がある。

 

どうやらこの親子(弥左衛門と権太)若いころにやんちゃして、アウトローなところが似たようだ。

 

すし屋では、維盛が手代として働いており、名を弥助としている。

いわゆる貴種流離譚で、これは日本人が大好きなお話。

御手付きの娘お里との色模様もあって、ロマンスありの楽しい舞台から、

一転梶原の詮議の緊迫した場へと変わっていく。

 

寿司桶に隠した、権太がちょろまかした金と、

小金吾の身替り首の取り違えのサスペンスなど、

観る者を飽きさせないのはさすが人気狂言。

 

維盛は時蔵。

私などは先代芝翫の維盛が印象的なのだが、

時蔵もなかなかの維盛様。


扇雀のお里も古風な味わいを感じる。

この世代も、ベテラン役者になってきた。


弥左衛門は左團次。

親父役は、この方と歌六に全面依存。

昔からこういった役をこなしてきたが、年齢が追いついた。


代演の上村吉弥の母は台詞が明瞭で、

アホな息子を溺愛する、ちょっとコミカルな役を安定の存在感でこなす。

やはり、上方の芝居にはこの方!


梅玉の梶原が締める。


手負いになってから、

権太が一気に悲劇に突き進む舞台。

弥左衛門始め一座の人々はいちいち驚くことばかりだが、

観客はすでに身替りの存在を知っている。


しかし、

身替りといえば、菅秀才の身替りになった小太郎を思い浮かべるが、


あの時は、源蔵があれほど吟味して、

色白の、貴人といってもごまかしが効く子をさがしたが、


権太は手っ取り早く?いかにも野育ちの我が子を使っている。

これはもう、はじめから露顕するという話では?と思う。

(親父には、前髪を剃ったくらいでは身替りにならない、と突っ込みながら・・^^;)


もちろん、深謀遠慮の鎌倉武士、梶原景時の目はごまかせず、とっくに露顕していた・・

ということになるのだが。


浄瑠璃、歌舞伎ではイイ人の梶原景時の配慮によって、

維盛一家の命は安堵される。


この時の理由が、

池禅尼が頼朝を助けたとき、小松大臣重盛も共に口添えした、とあるが、これはおそらく作り話だろう。

(重盛も、浄瑠璃・歌舞伎ではイイ人というスタンスなので)


善悪ハッキリさせたいのは庶民感情で、歴史上の人物にも善人、悪人のイメージが付き纏う。


結局権太の死はなんだったのか・・ということになる幕切れなのだ。


原作の浄瑠璃の時代物はほぼ全てが悲劇で、

身分ある人を助けるために、庶民が命を犠牲にする話が多い。


歌舞伎に移すと、そこは生身の人間が演じるわけだから、

悲劇性よりもより、娯楽へと移行していくのも無理はない。


それでも最後は観客の涙を誘う場面で幕になる。

権太一家の悲劇を共に悲しみ、権力者への反感の思いを共有することで、

封建社会に生きる彼らの憂さ晴らしの役割も負っていたのだろう。


仁左衛門は、若者権太を違和感なく演じる。

片肌脱いだ時に上腕二頭筋が盛り上がっていた。

70半ばに差し掛かった仁左衛門が、

一年通してこれだけ精力的に主演をこなしているのは、やはり相当の鍛錬があってのことなのだと思う。


身体能力のキープ。

これは、高齢の役者さん達全てが悩みに思われることだろうが、

こればかりは日々の努力(筋トレ)が必須になると思う。


踊り、立ち回り、すべてに体幹トレーニングと、

下半身中心に筋力が求められる。

仁左衛門の若々しい舞台には、そうした努力があるはず・・というのは、あくまで想像なのだが^^;



この他に、愛之助の弁天で見せる「白浪五人男」浜松屋と稲瀬川勢揃い。

(浜松屋では、全編にさつまさの下座が・・!

一之輔師匠が出てきそうだった!)


踊り二曲。

鴈治郎の「面かぶり」は、なくても良かったかも・・

なんて思ってしまう、五時間の辛さ@@

しかし、顔見世だからしっかり全員が顔を見せる!^ ^


最後の「三社祭」は、南座顔見世では史上最年少での主役なのだそうだ。

鷹之資くんと千之助くん、同級生コンビの清新な踊りで、爽やかに終演。


二人ともとても頑張っていて、大拍手!


特に、鷹之資くんは、父上富十郎を彷彿とさせる、キレキレの踊り。

顔に出てくる愛嬌もいい。

踊ることが楽しくて仕方ない、という心持ちが伝わってくる。


千之助くんも、小金吾に加えてこちらも、と負担が大きいかな?

と思っていたのだけれど、全くそんなこともなく、元気いっぱい。


やはり、舞台が役者を育てる。

お祖父様のお元気なうちに、一つでも多くの役に挑戦するといいね!


終演は10時。

外へ出ると昼間とは打って変わって、師走の寒さが襲ってきたが、京都の二公演、充実の観劇だった。