こんばんは 智子です
さきほど 全豪オープン決勝で
大坂なおみ選手が優勝しましたね
最終セットの四本 凄かった
もう 涙 涙…![]()
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では質問です
あなたは何かこだわりが
ありますか?
日常のあなた自身の
言葉だったり
どこか行くときの
あなただったり
何かこだわりを
思い出すことありますか?
おそらく自分の中で
こだわっている
そんな意識の下で
動いてることって
少ないんじゃないかな
誰かに指摘されて
これってこだわりなのって
ハテナマークがつくこと
あるんじゃないでしょうか
ただ自分自身は
やりたいから
好きだから選んでいる
でもそのなかで
拘りがいけない
ことって よぎってないでしょうか

こだわりっていう言葉 どうかしら
なんだかマイナスのイメージ
あるんじゃないかな
一個の事にとらわれすぎるとか
周りのものが見えないとか
そんな感じでしょうか
私自身も姉に
"そんなとこに何故こだわるの"
ってよく言われたことがあったの
そして
"絶対それじゃないとダメなの?"
"なぜそれを選ぶの" ってね
私にすれば理由なんて
なかったのよね
それがいいって思ったから
発言しただけ
ただそれだけだったんです
姉にすれば 私の行動の
あれこれと比べて
あれはどうでもいいのに
なんでこれに関して
こんなにこだわるんだろうって
姉の思考の中で
私のいろんなデータを集めて
分析の連続だったんでしょう

思考の世界って
白色なのか黒色なのか
右なのか左なのか
答えを出すという世界なの
数学の計算式を解くと
答えが出るように
彼女の頭の中でも
かけたり割ったり計算を
解くようにして
私の発言に対して
答えを出そうとしていたんですよね
姉の中の答えにない行動を
私がするもんだから
" 変わっている "
"何を考えてるのかわからない"
散々言われたもんです
反対に私もね
" なにが 変わっているんだろう "
"何を考えてるのかわからない”って
言われることがハテナマークだった
誰かからこだわりが強いって
言われる人ってね
これがいい これが好きを
自分自身がすごくわかっているの
そしてね これがいいとか
これが好きが突出していると
バランスを取るために
凹ます作用がでてくる
姉が困惑したように
これにはこんなに
こだわるのに
あの事はどうでもいい
ってことがおこってくるんだよね

ただね 私一人で
生きているわけではない
ないでしょう
社会の枠の中でだったり
いくら家族であっても
人と人が交わる関係性の
中だったり
誰かとの関わりの中で
私たちは生きている
関わりを意識しすぎて
しまったとき
突出である拘りを
いけないこと
って自分を否定に走ってしまう
そんなことないかな
このバランスが崩れたとき
一方向へ思いっきり
傾いていってしまうんだよね
少しだけ突出を凹まそうと
しただけ
凹まそうと動かすこと事態が
バランスを失ってしまうの
わたしは
拘りが
いけないこと
と意識をしてしまってから
辛くて苦しい自分へと
無意識にのまれていったの
バランスを失ったとも
知らずにね
また このことは
改めてかきますね
拘り
ってとっても素敵なことなのよ
あなた自身 拘っている
つもりはないでしょ
拘るって言う人から
あなたを見た世界感だからね
あなた自身は
ただ 好きを正直に
生きているんだから
いつも ありがとう