今日(3月5日)、3年間通った学校に別れを告げてきました。
残念ながら、卒業ではなく退学という形ですが・・・。
医療系の進路に母の薦めで進み、学校を受験しました。
見事合格し、学校生活が始まりました。
―1年目―
クラスのみんなと仲良くなれるようクラスメイト全員と番号を交換しました。
うちのクラスは仲が良く、頻繁にクラス単位で飲み会を行ったりしていました。
一期生ということもあり、先生方ともとてもフレンドリーに接することができました。
再テストや再履修でなんとか単位をとっていました。
でも、レポートの出来が合格ラインにまで達せず、やり直して提出するという課題が出た際に、締め切りの時間に間に合わず、留年してしまいそうになりました。
そのときに私を救ってくれたのが、担任のO先生でした。
締め切りの時間を過ぎ、でもなんとか受取ってもらおうと教室で作業をしていたら、先生がやってきて、「締め切りを過ぎたものは受け取れないから、もう帰って休みなさい。」と言われました。
厳しい現実を突き付ける言葉でしたが、表情や口調からは私を気遣う様子がみられて、教室まで声をかけさせる手間を作ってしまったという申し訳なさと声をかけてもらったという感謝の気持ちから、「ありがとうございました。」という言葉を発していました。
そのあと家に帰って、泣きました。 ほんとに枯れるんじゃないかと思うくらい泣きました。
しかし、そのあと先生から1本の電話が入りました。
「レポートの締め切りを延ばすから、頑張って終わらせて提出しなさい。」という内容でした。
私が帰った後、なんとかもう1回チャンスを与えられないかと他の先生方と話し合って頂いたのです。
そのおかげで私は留年せずに進級することができました。
―2年目―
学習内容が専門的になり、実技の授業も増え、四苦八苦しながらもクラスの仲間と協力し合って、教科ごとに担当を決めて学習内容をまとめたりしていました。
1年目と同様、再テストと再履修でなんとか学内での単位を取得しました。
そして、初めての学外(病院・施設)での長期実習が始まりました。
私はそこでつまずいてしまいました。
「私は今なんでこんなことをやっているのか」「この職業につきたいから?本当にやりたいのか?」「自分がしたいことはこういうことなのか?」と自問自答を繰り返し、何も手につかなくなってしまい、実習をリタイアしました。
そして、私は学校を辞めるか、留年するかという選択をすることになるのです。
どっちを選択するのがいいのか分からず悩んでいた時に先生はまた声をかけてくれました。
「できるかできないかで考えると視野が狭くなってしまう。だから、自分がしたいかしたくないかで考えなさい。」
私は、留年してもまた同じようにつまずいてしまうんじゃないかという恐怖心に駆られていました。
でも、先生からもらった言葉で吹っ切れてまたチャレンジしよう、頑張ろうという気持になることができました。
―3年目―
2回目の2年生になりました。
クラスメイトが変わりました。
もうすでにグループができていて、なかなか溶け込むことができず、休み時間になったら教室から出て、一期生の教室に行くか、ラウンジの椅子に座ってケータイを見て時間を潰すというようなことを続けていました。
でも、ある日前の座席のA君が私に話しかけてくれました。
話題はギターについてでした。
私が教室でギターを練習しているのを見かけたことがあるという話から、A君もドラムをやるから一緒にスタジオとか行こうとお誘いを受けるまでになりました。
そこから、ちょっとずつクラスに打ち解けられるようになりました。
そして、学校行事として第一回目の文化祭が行われました。
私は実行委員だったため、他の実行委員とともにめまぐるしく忙しい毎日を過ごしていました。
先生方や有志の人たちの手伝いのおかげでなんとか開催することができ、あの時の達成感はとても気持ちいいものでした。
楽しい文化祭も終わり、この後に待っているものは試験です。
しかし、学内での単位は前年度にすべて取得しているため、私には関係のないものでした。
自分の足りない部分の勉強を集中的に行って、学外実習に備えていました。
実習が始まり、寝れない日々が続きました。
その実習の中で、留年したため担任でなくなったにも関わらず、O先生が実習地訪問に来て話を聞いてくれたり、電話をくれて励ましてくれたり、私のことに常に気を配ってくれていました。
だから、辛い中でも絶対この実習を乗り越えて3年に進級するんだと強い気持ちで毎日を耐えていました。
しかし、実習最終週になりリズムが狂い始めてしまいました。
やることやること全てが裏目になってしまいました。
私の中でなんとか必死に耐えていた心がポキッと折れた瞬間でした。
その時のことを私はあまり覚えていません。
母から聞いた話によると叫びながら泣きじゃくり過呼吸のような状態になっていたそうです。
実習に行ける状態ではなくなり、そこで全てが終わりました。
そして、3月5日、荷物を持って帰るため、退学の手続きをするために学校へ向かいました。
O先生は笑顔で出迎えてくれました。
先生は一生に残るような言葉をたくさんくれました。
先生は私を認めてくれました。
先生は私のいいところも悪いところもすべて気づいてくれました。
先生は私を諦めないで見捨てずにいてくれました。
先生は何度も私を救ってくれました。
先生は笑顔で「大丈夫」と励ましてくれました。
先生は私のために「ごめんね」と泣いてくれました。
先生は数えきれない愛情を私にくれました。
先生、ありがとうございました。
もっと感謝の気持ちを伝えたいのですが、他に言葉が見つからなくてとても歯がゆいです。
だから、ありったけの感謝の気持ちをこめて・・・・・、ありがとうございました。
先生は私の一生の恩師です。
そして、学校の先生方、学校のクラスメイト、地元の親友、おばあちゃん、お姉ちゃん、お父さん、お母さん。
ありがとうございました。
私はこれからも生きていきます。
失敗します。 迷惑掛けます。
でも、頑張ります。頑張って生きます。
新たなスタートを切るために前に一歩踏み出します。
この先、また壁にぶち当たって倒れてしまうかもしれないけど、あきらめずに立ち上がるから、その時は少し力貸して下さい。
器用には生きていけないけど、遅くても自分のペースで一歩ずつ進んでいきます。
最後に、私に関わってくれた全ての人たちに感謝をこめて。
ありがとう