マザーテレサとの出会いから今年で30年。
それは私のボランテイア人生の始まりでした。
ある人が「菊池さんがボランテイアをしたいという気持ちは、
画家が絵を描きたい衝動を抑えられないのと一緒なのでは」と。
そう私にとっては、生きていくこととボランテイアは切り離せないもの。
先日,小児科医の公文和子さんがケニアで障害者施設を立ち上げ、
格差・差別に苦しむ親子に愛情を注ぐドキュメンタリーでの
彼女の最後の言葉が
「私が彼らを支えているのではなく、私が彼らに支えられている」
私も30年間まさに同じ思いです。
その気づき、支えが、彼らが私にくださる宝物です。
カルカッタのマザーハウスでマザーテレサにお会いした1995年2月末、
マザーから頂いた言葉は
「あなたたちはインドまで来なくても
日本ですることがあるのではないですか」
この出会いから私のボランテイア人生が始まりました。
日本各地のハンセン病療養所、刑務所、少年院、
チェルノブイリ放射能汚染地等の世界の誰もいかない地域への
世界ボランテイアへ。
そして今は日本の子どもたちへの食糧支援。
30年を振り返り、いつも私の心を照らしてくれた
「貧者の一灯」
奉仕する側の心に一灯を灯してくれる幸せを感じています。

