一番さみしいとき、さみしい!って言えなかった。

 

深い感情を押し隠していると、人はバランスをとるために極端に走る。

テンションあげすぎたり、些細なことに怒りだしだり。

 

そんなわけで、私のことを感情の起伏の激しい人、って思っている人多いかも。

 

私の心の奥底を流れる通奏重低音を知らないからね。

 

この悲苦を一緒にしのいでくれてるかと思った(錯覚してた)人から背を向けられたとき、私は本当の孤独になった。

 

ま、いいんだけどね。

寂しさは心を蝕む。 

愛する人に去られたり、逆に別れを告げたり。

元の木阿弥に戻りたくなる。 でも負けない!と歯を食いしばる。

唯一の慰めは、私がさみしいときは相手も同じようにさみしい。。。。なぁんてね。ショボーンショボーンショボーン 

とても悲しい。

 

世の「娘」族は、生育過程で、母親からの抑圧を苦しいと感じ、その母たちを「毒」呼ばわりする。

愛するわが子に否定され嫌われ疎まれる老いた母のやるせなさと戸惑いを表す言葉はあまりみない。

毒呼ばわりされるほうの気持ちに対する一片の忖度はないのだろうか。

 

言い始めたのは片田珠江さんあたりか。