金曜日、わたしは体調不良で会社を抜け、病院で点滴を受けていた。
点滴を開始して10分位たち、最初は小幅な揺れ。
地震か…と朦朧とした意識の中で起き上がろうとしたら、ベッドごと動くような大きな横揺れに。
看護師が来て、「非難しますよ!」と支えてくれた。
自分がフラフラしてるのか、地面が揺れているのかわからなかった。
点滴をもちながら、なんとか出入口まで歩いた。
電車も動いてないし、携帯も使ってはいけないし、周りの被害がわからず、そのあとも余震にびくびくしながら、病院で22時過ぎまで休ませてもらい、なんとか家に帰る。
家の中はめちゃめちゃだった。
電子レンジが落ち、冷凍庫は開いたまま、シンクはずれてて、本棚は上の棚が落ちていて、全身鏡は倒れていた。
幸いにもこれだけで済んだのだと思う。
そして、改めて見た、テレビに映し出される惨状。
言葉にならなかった。
ここまで被害が出ているとは、予想もしていなかった。
本当に幸いなことに、岩手の奥州市のおじいちゃん、おばあちゃんとは連絡がつき、全員無事とのこと。
福島に住んでいる従姉妹もなんとか連絡がついたらしいが、その後は不明。
毎年岩手に帰る際に、必ず寄っていた気仙沼や塩竈…
その港に押し寄せる津波の画像を見て、恐怖と悲しみと…
なんと表現すればいいのかわからない。
毎年、1回寄るだけでこんなに愛着があるのに、そこに住んでいた人、生まれ育った人の気持ちを考えると本当に言葉にならない。
そしてそこには、救助を待つ大勢の人がまだいる。
命が絶えてしまった、大勢の人がまだいる。
どんなに苦しかっただろう。
どんなに怖かったのだろう。
大切な家族の所在がわからないのは、どんなに辛く悲しいのだろう。
わたしの感じた恐怖なんて、ちっぽけすぎると思った。
明日明後日の命を繋ぐことを真剣に考えたことがない。
家族がいて、友達がいて、当たり前のようにご飯を食べて、笑って過ごすことの尊さを感じた。
そんな当たり前の毎日に感謝しなければいけないと思った。
テレビの前で、涙を流すだけでは意味がない。
わたしにできること、それは節電と募金くらいしかみあたらないけど…そこに尽きると思った。
今日流れたリポートの中で、被災二日後に救助されたおじいちゃんが、半泣きの笑顔で話していた。
「助けてくれてありがとう。これからが大変だけど、みんなで頑張って立て直しましょう。」
明日も
一人でも多くの命が助かりますように。
一人でも多くの人が、大切な人と再会できますように。
心から祈っています。