平等寺で撮影した聖徳太子像です。
30年ほど前に山野辺の道を歩いた時に、最後の行程で出会い、
今回の旅でも再会するのが目的の一つでした。
創作した和歌です。
うつろはぬ ひとの姿に 御仏の 眼が慈しむ 十七の詩
平等寺で撮影した聖徳太子像です。
30年ほど前に山野辺の道を歩いた時に、最後の行程で出会い、
今回の旅でも再会するのが目的の一つでした。
創作した和歌です。
うつろはぬ ひとの姿に 御仏の 眼が慈しむ 十七の詩
東京に帰る前に、大和西大寺駅前の安倍元首相が銃撃された
場所に残された花壇に合掌しました。
死亡を知った時は、なぜこの人がこんな死に方をしなければ
ならないのか、やり切れない思いでした。
以前にも本歌とした源頼朝の和歌を本歌にして和歌を創作しました。
複雑で不確実な世の中を、武家の棟梁として苦悩しながら身内とも
対峙しなければならなかった、この人の歌を本歌にしました。
いつはりの 言の葉しげき 世にしあれば 思ふといふも 誠ならめや
創作した和歌です。
偽りも 真も時も 儚くも 旅のをはりに 忘れ去るのに
GWは、山野辺の道の歌碑めぐりでしたが、
準備不足で予定の半分も巡れませんでした。
写真は天理駅前にある歌碑です。
創作した和歌です。
万葉の 光と風が 歌人の 祈りをつづる 山野辺の道
GWの機会に、伊勢神宮に参拝してきました。
五十鈴川です。
昔、鈴鹿に住んでいた時期があり、その頃は近くに鈴鹿川があり、
自分自身を取り戻そうとする苦しみの中にいた時期でした。
創作した和歌です。
遠くへと 旅を重ねて 来た日々に ふと省みた 鈴鹿川の岸
社会人になって30歳を過ぎた頃から、再び弓道を始めました。
ご先祖様は、当然武家階級などではありません。
先輩方に試合に連れて行ってもらい、最初は的前で足が震え
ましたが、徐々に慣れて人前での行射が落ち着いてできるよう
になりました。大きなトロフィーなどはこの時の戦利品です。
引っ越しを繰り返しても、こうした賞品は手放す事ができず、
今では大切な思い出になっています。名手の方々の実績には
遠く及びませんが...
創作した和歌です。
音が絶へ
死角も消へて
矢を放つ
このひと時に
自由を得れば