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脳性麻痺cerebral palsyだからと、諦めないで

あなたが 産まれた時、お父さん、お母さんは、どのように感じられたでしょう?

逆に、お父さん、お母さん、皆様は、どう思われましたか?

13年前、脳性麻痺の右片麻痺で、60歳を過ぎて、脳卒中になられ、同じ右片麻痺となられて、デイケアーに来られました。

御存知のように脳性麻痺へのリハビリは、15歳位までが熱心になされて、その後は、それ程されません。
それで、この方も余り期待せずに来所され始めました。

正直、デイケアー側にも戸惑いがありました。どうしたら良いかの戸惑いでした。つまり、脳性麻痺の老人が来られる事がなかったからです。

彼は、脳卒中になる前も、飛ぶように爪先で、歩いていられたようです。
脳卒中後は、体幹も左右に揺れ、足は支えられず、歩くとは程遠い状態でした。それでも、杖を使うのを拒否してそれは、危ない状態でした。

デイケアーに馴染めず、理由は、どうせ良くならないという思いが強かったからです。それは、療法士側にもあったと思います。で、お願いしました。個別訓練は、許されなかったので、私の集団体操に参加出来るようにして欲しいとそれは、この頃、私は、ムーンライトメソッドをある程度確立していたので、中枢疾患の方は、変わると確信がありました。
許可を貰って、彼に話しましたが、彼は、良くなる、変わるとは、全く信じられず、拒否されました。それは、当たり前というか、致し方ない事です。今まで、リハビリがなされるという事がなかったのですから。。。。

で、彼に言いました。「3ヶ月、いえ、6ヶ月だけ、黙ってやってみて欲しい。それで変わらなかったら、私は、もう何も言いません。Aさんの自由にして下さい。構いません。」
(リハビリの効果を経験するという事が産まれてからなかったのですから、彼の反応は、当たり前で、致し方ないと思っていました。)
彼は、「良し、やってみてやろう、どうせ駄目だろうけどね。」

ここから、始まりました。
3ヶ月で変化が見え始め、靴に入れていた中敷が少しづつ低くなっていき、出来なかったうつ伏せが出来るようになり、曲がって伸び切らなかった膝や肘が伸びて来ました。

そうして、一年程すると、曲がり、動かなかった腕が伸びて動かせるようになり、指も動かせ、紙などを挟めて、補助手として使えるようになりました。使える事に自信をもってから、「先生、こんな事ができるようになったよ。」と、言って来てくれた時は、上肢への特別なアプローチをしていなかったので本当に嬉しく思いました。

その頃、遂に踵がつくようになり、中敷がいらなくなりました。爪先歩きが全くなくなり、安定して歩けるようになるとともに、歩行速度も早くなりました。

引っ越して行かれる時、もっと早く来れば良かったと感謝されました。

本当に、療法士冥利につくできごとでした。

その時、確信しました。
脳性麻痺に限界を決めてはいけない、訓練すると変わる事が可能であると思えました。


諦めないで欲しいです。