常々、子供が成長しているのを感じている。
やぶれかぶれの阿保親なりに。

学校の運営事情が、公立の義務教育現場でもかなり変容していることを知る。
次女の受験の頃になって、その片鱗を知る。
長女の受験のとき、その前からクラブ活動の親の関わり方を観て
一部の偏執的に関わりを持とうとする親の、でしゃばり具合が鼻についてはいた。
しかし、PTAや保護者の学校側が要求する参加レベルが、それほどハードだとも知らずに
「よぅやるわ」的に斜めに観ていたところがある。
なんで中学生の親が、子供の合宿に全日程ついていくねん・・・とか。
呆れてみたり。
まぁしかし、自分が参加していないのだから、お任せしている分際で文句はいうまい・・・というスタンス。

しかし、今日知ったことがある。
同じ年頃の子供をもつ親御さんからは、呆れられ蹴り飛ばされそうなことであるのかもしれぬが。

毎年、クラブ活動をしている子供には部費の支払い義務が生じる。
このあたりで既に長女の時代から「なぁんで義務教育の子供の部活に部費がかかるねん!」と、今思えば頓珍漢な野次を飛ばしていた(家庭内のみである、当然だが)。

次女のクラブの顧問が、長年の任を終え転勤された。
毎年、前出の部費を徴収するとき、早期に引退する三年生は負担が少なくしてあった。
それが、今年は全学年同額であったことがきっかけで、同じクラブの他の親御さんと会話して知ったこと。
「なぁんで今年は部費
クラブ活動の顧問は義務でも職責でもなく、まったくのボランティアである。
休日の指導は、その責任は大きくても時間外手当はつかず「割りにあわない」こと。
また、それを当の子供たちに、そのままの言葉で伝える教師が普通にいること。

先の顧問の先生が転出されるタイミングで、廃部が勝手に決まったときいた子供たちが一気に動揺し、それまでもこれからも続けてきた努力に全くそぐわぬ「いきなりの廃部」に納得ゆかないと談判しにいったその場で、「先生はボランティアだから義務はない」と言われた由。

子供のひとりはいたたまれず、そのおとなとの話し合いの場所から席を立ち
わが娘は、胸の苦しさを言葉に変換する能力もなく、ただ涙を流した。

それを、一月も経過したいま
数千円の部費の配分を発端に連絡を取った自分は知った。
部費を徴収できるようになるまで、即ち廃部決定からそれを翻し学校側と話し合いを続け、何度も何度も足を運んでくれた親御さんがいたことを、露ほども知らなかったのだ。

クラブ活動の顧問は、教師にとってボランティア。
その対価は皆無。
受験には、その評価基準が明確に設けられていることも少なくないが、少なくとも学校運営において、クラブ活動はやるならば保護者が主体であるべき。
当然、合宿などは主催するなら保護者がやり、顧問はボランティアで付き添う。
そして、自分の趣味的に積極的に関わりを望まない限り、教師側のスタンスは決して意欲的にはなり得ない状況であるということ。

そのほか、もっとその個々の特異なエピソード等をきいたが、学校を卒業して教職に就き、その環境下でできあがっていくものは、当然それ以外の社会とは乖離しているところがでてくる。そりゃしゃぁない。

教職は聖職じゃないのか。
それを理想論じゃ、金八の見すぎじゃ、とは思わない。思いたくない。
しかし、現状の一端を知るにつけ、なんと世の変わったものじゃと思わずにはいられない。
お金の枠の中、自己満足の枠の中で動くことが、教職にあっても当然で
それを子供たちに言って憚らないのが現実ならば、やはり腐っていると感じる。

そりゃ二言目には面倒くさい、だるい、を連発するガキが量産されるわけだ、と思う。
一生懸命はあほくさいのか。
必死になるのは「必死だな、ぷっ」なのか。

わしは納得いかん。
しかしそれが現実だ。
途方にくれる。
8月15日の終戦記念日に
実家に日帰りで行ってきた。
実家には「帰る」ではなく「行く」になっていることに今更気づく。

ふたりの子供は、それぞれの都合に合わせて14日に一緒に出向き、別々に戻ってくる。
この数日、いろいろと心を乱すことがあり、今回の日帰り帰省もやめようと思っていた。

結局行った。
行かないといけないような気がして。

結果、行ってよかったと思う。
確実に老いを深めてゆく両親が、嬉しそうにしてくれたことも、よかったと思える。
翌日(今日)戻ってくる下の子供に合わせて、一日泊ってゆけと何度も言われた。
帰りたくて、やっぱり帰ってきて一息つき、ようやく心の乱れに収まりを見つけて少し楽になった。

お盆前に始めたことに迷いがあったので、それをやめた。
憑きものが落ちるとはこういう感覚か?と思うことあり。

今回は、どうしても実家の仏壇と墓参りに行きたかった。
なぜだか前日には行かない気持ちになった。
朝起きて、酒の残ったような感覚のまま黙々と準備して家を出た。
まさに振り切るような気持ちで、家を出た。
何からなのか、今はじんわりと解っている。

まぁ零感なので「思い込み」であることは確実だけれど。

感謝するところにはして
反省するところはして
今はやはり「中庸」に生きていたい。
間違っていると感じたら、すぐにそれを正せるように。
眉間の皺が深くならぬよう
眼尻に皺を寄せていきたい、生きたい。
要らぬことを言う口しか持ち合せないのなら
せめてそこから呪詛の言葉を吐き出すのはやめにしたい。
人にやさしくありたいと、心底思う夏の日。

全部に感謝。
合掌