教会も真っ黒だったのか…
と知ってから、なんだか疲れがドッと出る…。。
ただでさえ世界中がこんなに不幸せすぎるんだから、統一教会(今は家庭連合か…)だけは白であってほしかった…
ネットの情報を見ても本当のことかどうなのか、鵜呑みにするのはどうかと思うので読んでからは考えるようにしているけど、考えれば考えるほど滅入っていくね。どういうことなのよ…( ᐛ。
みんなが嘘言っているように聞こえるし、ほんとのことのようにも聞こえる。
お父さまへの不信はないんだけど、お父さまの近くで侍っているように見えていた人たちは一体何だったんだ…という気持ち…
正しい人はいたと思うんだけど、お父さまが好きで、お父さまが生きているときにお会いしたかった、と泣きそうになってた姉妹のことを思うと激しく憤りを感じるわ…
ちょっとそこ代われ、と。。
具体的にこうしたらいいのでは?って案をわたしは出すことが出来ないので、もどかしい気持ちでいっぱい。
他のblogを読んでも、そういう内容は見当たらないね。(わたしが見つけられてないだけかもしれないけど…)
情報に翻弄されてはいけないと思うけど、何が起こっていたのか、何が起ころうとしているのか、正しく見極めなければ…。
わたしが小さい頃、お父さんはよく
いついかなる時でも、生き延びるための最善の判断をしなさい。
そのために勉強をし、本を読みなさい。
と、言っていた。
お父さんは環境問題に関する勉強をしていたので、この言葉はそっち寄りの内容だと思うんだけど、まさか宗教問題で発揮しなきゃいけない時が来るなんて…って思う…。。
正しいか正しくないか、ってだけで議論するならお父さま以外に正しい人っていないと思うので議論にはならないような…って漠然と感じてしまう。それが絶対信仰につながるかっていうのはイコールにはならないと思うんだけど、
今は授受作用の時期なのかなぁ。
いろんな人が、いろんな方向からいろんな意見を出していて…うーん。わからん…
み旨歩んでいた頃、自分の霊の親が原理を聞いた人と聞いていない人のことを分けて考えていて、いわゆる非原理と呼ばれる人に対して激しく嫌悪感を抱いている姿を見てゾッとしたのが教会に疑問を持つきっかけになっていたんだけど、それにしても
まさか教会のほうが非原理だったなんてなーと思って悲しい。
原理聞いたことない人たちのことを非原理、とか言ったり考えたりするのは好きじゃなかった。
アベル圏、とかカイン圏とか、なんか嫌だ。
基本、人につけるそういう呼び方?差別しているみたいで嫌いだ。
エタとかヒニン、とか、昔日本にも差別用語があったっていう…そういうのを思い起こして嫌だった。意味わからん。
なんか愚痴っぽい文章になってしまった~。
帰ろうとしていた家は、帰る頃にはもうないのかも…
と思うと、やっぱり悲しい。
わたしは力になれるだろうか。