今日は東北出身の自分にとって、特別な日でした。
朝に熱いお湯でミルクティー飲んで、
昼に電子レンジでいつもの野菜スープと雑穀ごはんのお弁当を温めて、
夜に昨日焼いたケーキと、冷蔵庫で冷えたフルーツ食べて、
暖かいお風呂に入って、思うこと。
当たり前って、当たり前じゃないんだよね。
暖かい部屋に要られて、十分な食べ物があるって、本当にありがたいこと。
こんなにも恵まれた環境なのに、
むしろだからこそ、かな。
慣れてしまって、感謝の気持なんて、持つことすら忘れてしまう。
今まで大量の食べ物を噛み吐きました。
大量の食べ物を拒否しました。
たくさんのお金と、それを稼ぐための自分・両親の努力と時間をゴミにしました。
注がれてる愛情や気遣いにも気づかず、
一人の世界にこもって、暗がりばかり見ていた。
すぐそこに光があるのに、明るさに目を慣らす自信がなかった。
周りがまぶしすぎて、余計に惨めな気持ちになりそうで怖かった。
でも、そんなこと、小さなことだったんだな、と、今では思う。
拒絶は、十分に与えられているからこそできること。
ないものを求める苦しさと単純に比べることはできないけれど、
やっぱり、贅沢だし、わがままなことだと思う。
でも、当時はそうするしかできなかったことも事実。
理屈でねじ伏せられる苦しみは病じゃない。
自分が病んでいたことを、今は認められるし、隠さない。
病んでることを自覚しなくちゃ、治すこともできないから。
病んでる自分を意識出来れば、必ず治すことができるから。
「当たり前」を享受するにふさわしい人間になるためにも、
頑張ろう。
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