『スラムドッグ$ミリオネア』を見て参った。
オスカー取っただけあって良い作品だったけれども、ちょっと気になるところもある。
そこら辺の塩梅が難しいが、結構楽しめたからいいや。
あらすじ
スラム出身の少年・ジャマールがクイズミリオネアで次々に正解する。
司会者が訝しんで警察通報
理由を聞かれて人生を語る。
まぁ、おおざっぱにいえばこんな感じです。
映画としてはいきなり警察の尋問シーンから始まるから、知らないと驚くかもしれない。
そして冒頭に示される出題。
少年は何故ミリオネアで正解出来るのか?
A・インチキしたから
B・運が良かったから
C・天才だから
D・運命だから
とあって、Dが選択される。
その運命を追っていくのが本作って訳です。
で、さっきも言ったように、普通に見てると引っ掛かる部分もある。
個人的にはラストの盛り上げをもう少し……という気もするがそこは置いておこう。
ここで触れたいのは運命っていう解釈。
実際、この映画では出される問題は結構簡単そうだし、しかも不思議と主人公の人生に絡みまくっている。
これが運命なのだが、ちょっと気になる人もいるんじゃないかと。
いわゆるご都合主義的、というやつだ。
映画のパンフにもそんな評価をしている人もいる。
しかし、この部分に関してはちょっと違う意見をもってる。
この運命は、ミリオネアに正解し続けられるのは、主人公が人生を諦めずに、立ち向かい続けたからこその結果だ。
彼はミリオネアにおいての運もあったかもしれない。
また作中で示されるような状況適応能力に於て天才的だったかもしれない。
でも、それは些末な問題だ。
一番の理由は彼がどんな辛い境遇にも屈せずに生きようとしたからであって、それに全てが頭を垂れただけの話に過ぎない。
他のどんな問題が出題されようとも、彼には正解出来たのだ。
物語的にはIFになってしまうが、彼は他のどんな難しい問題であっても間違いなく正解する。
問題の難解さに関係なく、全て答えてミリオネアとなる。
それが運命の意味だ。
私の好きな作家である浅田次郎は「奇跡など信じない」という。
もしあるとすればそれはお仕着せの奇跡ではなく、その人の培ってきた道の先にあると。
彼自身が、裕福な家庭に生まれ、没落から一家離散し、偉大な先輩を亡くし、自衛隊に入り、極道に首を突っ込み、アパレル会社を経営し、その中でもずっと小説家になることを希求してきた結果、直木賞を取る……という、まさに自作の奇跡を体現するかのような人生を歩んでいる。
『スラムドッグ$ミリオネア』の運命とは、まさしくそういう奇跡を示す言葉なのだ。
で。
人生に抗い続ける主人公は色々と格好良いし、ヒロイン・ラティカとのドラマも素晴らしいんだが、俺が最高にイイなと思うのは兄貴サリームなんである。
この話は、アベルとカインにも比せられる。
弟は常に自分の本当に求めるところを追求し続け、兄はすぐ金銭や利益に走る。
作中でしばしば利害が対立する事も多いし、兄が結構ロクデナシな事をする場面もある。
パンフレットにも対立して……みたいなことが書いてある。
でも、アベルとカインと違ってサリームは、ずっと主人公ジャマールを大事にし続けていた。
ヤクザ・ママンに弟を売るかどうか選択を迫られた時は、命の危険を冒しても助けようとしたし、後にラティカと会おうとして見つかった際は、やはりママンを撃ち殺した。
これは(本人は気が進んでいなかったにもかかわらず)弟に付き添って行ったからであり、自分自身がどうのと言うよりも弟が危険だと判断しての行為なんじゃないかと思う。
ジャマールがラティカと駆け落ちしようとする時にも、ジャマールと自分の仲間であるヤクザがかち合わないように心配しているような描写が見受けられる。
ラティカに対しては酷い印象があるのだが、ジャマールに対しては深い愛情すら感じるのだ。
そして最後の決断。
本当に人生を諦めないジャマールに対して、サリームは自分の命を捨てても力を貸そうと思った。
今までは、大事に想いつつ多少の葛藤があったのかもしれない。
ジャマールの持つラティカへの想いに対して、歯がゆい部分も。
でもそれらを捨てて、本気で弟とその運命に向かい合った結果、あの行動を起こした。
携帯を渡したのも、恐らくは確信犯。
死と引き替えに、人生を諦めない生き方を選択した。
ちょっと自己矛盾かもしれないが、そう思う。
だからこの物語は、弟ジャマールに憧れ続け、それでもジャマールにはなれなかった兄サリームの物語でもある。個人的には、むしろこっちの方に人間くささと男らしさを感じてしまう。
表の主人公、フィクションとしての主人公がジャマール。
裏の主人公、リアリティとしての主人公がサリーム。
ジャマールだけだと、色々考えてもやっぱり嘘臭いんだよ。
兄貴が居るからこそ、弟の運命もあった。
俺はそう思うぜ。
さて、あとこの映画の素晴らしい点を挙げるなら音楽の素晴らしさ。
インド映画で踊りと歌は必須らしいんだけど、この映画の音楽も非常にイイ。
『ムトゥ・踊るマハラジャ』の人がやってるらしい。
インド的なイメージを濃厚に出しつつ、泥臭さや野暮ったさみたいなのをあまり感じさせない不思議な印象を受けた。
序盤のスラム疾走シーンなんかは、カメラアングルと相まってそれだけでこの映画のセンスの良さを感じさせる。
ダニー・ボイルは、本作のオスカー受賞に関して
「この映画が成功したのは『運命』だった」
と語っている(「受賞したのは~」だったかもしれんが)
熱意を込めて作った作品の成功。
お仕着せでない運命。
それは必然でもあり、インド発祥の因果律的思想でもある。