私は子供時代から毒家族に苦しめられてきましたが、人間的な愛情のない毒家族の謎が解けたかも?と思う記事を見つけました。


“本当に頭が良い人”とは「他者に興味を持てる人」――脳科学者が語る「知性」と「感情」の本質的な関係

大事なのは「他者の体や他者が与えてくれる利益」ではなく、「他者の心」という点。

他者に興味はあって積極的に近付くけど、他者の気持ちは理解しない人って結構いますよねキョロキョロ
前者は猿やチンパンジーにも見られて、つまり繁殖や生存の為に他者を必要としてるだけの話。


私の父は子供の誕生日を覚える気も祝う気もなく、平日休める仕事なのに授業参観や運動会、習い事の発表会にも一切来なかった位、子供に無関心。
家族が寝込んでいてもなんら気にせず放置してサークルに行ける人で、子供に愛情がなく子育てしないチンパンジーのオスみたいなものなんだと気付いたのが近年の話真顔

だけど母も子供が小さくて可愛い盛りは連れて歩いて他人に可愛いと言われるのが嬉しかったようだが、本当に子供が困ってる事には無関心で、私は中学時代のほとんどが不登校で終わったし、私をストレスのはけ口にして暴力振るってた兄弟にも無関心で、20年前後の無職の末に40歳になる頃にはしっかりキチガイになって今は障害者として生活保護を受けて暮らしている。

私以外、全員発達障害と自己愛性人格障害の特質を持ってると思ってたけど、発達障害は脳の一部が小さいと最近分かったけど、脳が育たず人間として高度な知性を獲得しなかった為に家族も含め他者への興味がないから、共感力もなければ思いやりもないのではないだろうか?びっくり

そう考えると、自分自分の親兄弟の自己中ぶりに納得がいく。

「私はこれこれの理由で大変なんだよショボーン」と言っても「お母さんはもっと大変だプンプン」と返す母。
なんで普通に「そうか、大変なんだね」って返せないのか。

それは「他者の心に興味がなく、理解も出来ない脳だから」と考えるととても納得がいく。

私以外の家族は非常に承認欲求が強くて、両親は町会の役員だのサークルの指導員だのを家族放り出して無償でたくさんやってきて、家族より他人が大事な人達だと思ってたけど、実は他人が大事なのではなく「他者から見た自分」「他者に認められてる自分」が大事なのだ!びっくり

よく他人にどう思われるか気にしすぎて自分軸がないという話があるけど、両親はそれとも違い、常に他者から見た自分に注目していて、他人の心に興味ないからいざとなっても誰も助けてくれる近所の人がいないんだ。

つまり自分軸しかなく、他人には他人の心があるって事を理解出来ない。 
母はよく、人を褒めてやった自分は偉い、みたいな事を言うんだけど、それも心から他人を褒めてるわけではなく、褒める自分を認めてほしい、褒める事で相手を操作したいみたいな考えが透けて見えるんですよね。
以前から「うちの子供たちは笛吹けど踊らずだった」とか言っていて、おだてて相手を操作しようという悪知恵をどこかで学んだらしい。


毒親を介護してる人は「なんでこの親はこんなに自己中なんだろう」「こちらがこんなに苦しんでるのに思いやりをわずかにも示さないんだろう」「自分達で結婚を決めたくせに夫婦で助け合わないんだろう」等々、普通の親の介護をしてる人には分からないような疑問、怒りや疲労感がたまると思うけど、それらがすべて脳の発達が未熟で、高度な知性(他者の心への興味)を獲得出来なかった人々だからと考えたら納得がいくのではないだろうか凝視

つまり高度な知性を獲得しなかった人間にとって、自分以外の人間は繁殖と生存の為に利用するだけのものだから、利用できる間はにこにこだけど、利用されてる方が疲れてしまって思ったように動かないとなると労るどころか「自分の方が大変なのに」「こんな事なら死んだほうがマシ」等と脅して何とか今まで通りに利用しようとするわけだ。

ずっと毒親の面倒見てきた子供は「ここまでやってきたのに感謝の心も思いやりもないのか…家族ってなんなんだネガティブ」と絶望する。

でも、毒親が猿程度の脳しかないとしたら、感謝や思いやりが高度な知性がなければ獲得出来ないものだとすれば、そこを悩んでも仕方ないとなるキョロキョロ

老人になると更に脳は萎縮するし、思いやりが心の問題ではなく脳の発達具合だとすれば、もう成長する事はなく脳も体も縮んでいくばかりの親に期待しても無駄って事ですよねキョロキョロ


毒家族は高度な知性を獲得出来なかった人々。


手放して、自分に相応しい新しいステージへ行こう!