映画 「君たちはどう生きるか」
ネットで席を予約するどの回もとてもいい席は取られていた周りに人がいなくてかつ正面から見やすい席いつもわたしはそういう席を狙う今回は出遅れていてその先約さんの邪魔にならない場所(その方の視界に入らないように⇒ わたしは視界になるべく人がいてほしくないのでそういうところは気を遣う)かつ正面から見れる席を予約した劇場に着いてからパンフレットを買おうとしたが 販売は明日からということだったそうだったそうだったこの映画情報なしでまずは見てくれということだったななんのことはないわたしがいつも美術館でしていることだ題名や説明書きは後回しにしてとにかく最初に作品を見る眺める感じる想像してみる(わたしは抽象画が好きだ ⇒ いらん情報!)眞人という青年がでてきた先入観を持たずに眞人とともに走ってみたそれぞれの心の動き世界の動き扉を開けた眞人人生を歩いてきたわたしのこころにも「地球儀」がながれる映画館を出ると 台風が近いので風が強く吹いていた***物を見るとき文章を読むとき「自分のフィルター」というものがどうしても在るみているもの感じているものに自分のそれを通すので 受け取る形は人それぞれ違うそしてそれは他者からは理解されない自分だけの感覚集合体の交わりの部分のように一部は理解されるのだろうけれど自分のことをそのまま全部理解してもらえることは不可能だそしてひとは独りだというのがまぎれもない事実だということに何度も気づくだから自分の足で立つしかないあとそれからフィルターは数枚あると面白い***(ここからは次の日に書いた追記)ひとの思いがこちらに流れ込んでくるとき言葉としてではなくその手触りや感触湿気具合乾き具合それはどのくらい折りたたまれているかなどで受け取る その抽象的なものをそうなんだなあと眺めるしかなくて無理に言葉に変換することはしない(鑑定では頑張って言葉にしますけど)わたしは毒親に育てられたと書いたことがあるがそれはかえって良い経験だったかもしれないとふと思った「自分を守る」ことをしていた執拗な負の攻撃は毎日続いていたけれどお金や心を搾取され続けていたけれど自分の楽観的性格も助けとなったけれど少々創造力もたくましかったけれど(そのおほらと現実とを行き来していた)自分を守る術を幼い頃から身につけていったのかもしれないだから壊れなくて済んだんかな 年月が経ち自分で負の洗脳をようやく解きいま生きなおしている最中だそして今朝引いてみたカード審判でしたそうですかそうですかそうですよねうん