昔から人は人自分は自分で生きてきて 
自己肯定感って言葉もあまりしらなくて
母親だからとか父親だからとか
この人はこうだからとか
あの人はああだからとか
本当に人をジャッジしないで生きてきて
自慢とかじゃなく、純粋にへぇーこんな風に
思うんだーって感じてた人間で

人の心情を顔色でふと読むことができたりして
これ以上は踏み込まないでおこうかなと
のらりくらりかわすところが
そのふわふわ加減がどうらや真面目な人、
ちゃんとしなきゃな人、には
やたらイライラさせるようで
よく嫌味のような遠回しに言われる事が
あってそれすら?なんか今の言い方
違和感〜??なんだかよくわからないけど
なんだろな〜???とか
我の強めな人に振り回されてきた笑い泣き

本当に昔から母親でバリバリ働く人は
私にはできないから尊敬だな〜とか
専業主婦も専業主婦で本当に毎日
専業主婦です!って胸を張って言いづらい
世の中だけど毎日毎日ご飯作って
子供の相手して、当たり前にみんなこなして
一人一人得意不得意あるだろうに
ジャッジの多さに結構しんどさを昔から感じる方でいつも別に人の事はいいじゃんと思う方だった

だからか変りもの扱いと見る人や
逆に居心地のいい人って思われる存在だったり
自分分析するとそんな感じだったり。
無意識に人を優先して、助けたくなる感情や
感情移入しすぎてたり。

思えば結構その言葉に私は左右させられてしんどさがあって、最近よく言われてる
HSPとかの体質に当てはまるのかな〜って
人の言葉をダイレクトに飲み込みやすい部分を
ちょっと俯瞰して読むようにしてる最中かな。

けど、、私はジャッジをしないと思って生きてたけど私にもジャッジをしてた事があって、それは
ジャッジをしてる人を許せなかったり正そうとしてたりしていたのかもな…と。ちょっと思った。
私は指図されるのも大嫌いだったり素直に聞き入れられなかったり笑い泣き そんな自分があったんだな!!


昔の楽観的さが年を重ねるごとに
ちょっとなくなってまじめになりすぎてたり子供にちゃんと宿題して!!って宿題大嫌いだった私が言ってたりてへぺろ

何が書きたいのかわからなくなってきたけど
子供を産んでから頭ばかり使ってきたのを
考えることをそろそろ心で感じたいんだけど
その直感がのほほんと生きてた若い頃
の ふと!!を感じてた感覚を最近取り戻すように
したいの、これがなかなか出来てないえー

結局、私もちゃんとしなきゃ、まじめにになってたんだな〜 って感じた。 

自分に戻って、ふとを大事に生きたいよおねがい