虚ろ。

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なにかだった場所

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大阪フィルハーモニー交響楽団第520回定期演奏会
7月27日 (金曜日)フェスティバルホール19:00

指揮:大植英次
ヴァイオリン:イェウン・チェ
女声合唱:大阪フィルハーモニー合唱団(合唱指導:福島章恭)

曲目:
ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲集「四季」作品8-1~4
ホルスト/組曲「惑星」 作品32

でした。
地球を表す意味での「四季」と宇宙を表す「惑星」の対比という、まあ普通ならあまりやらないプログラミング。英次だね。
四季では英次自ら通奏低音を弾きながら、ソロと弦楽合奏は立奏。
英次が客席側に終始向いてるわけで、顔芸は控えめとはいえ、第1曲なんて曲を聞く気になれないw
独奏がコンマスあたりなら英次もいろいろ仕掛けてきたとは思うけれど、ソリストお呼び立てしてるので大人しいもんです。
むしろそれで良かったのかも知れないね。
英次の持ち味である、艷やかなサウンドがじっくりと聴こえたから。

後半は惑星。
星空コンサートでの木星のライブ動画がYoutubeで大変な再生回数とコメント数を頂いている英次&大阪フィルですから。
今回は満を持してというところじゃないですか。



火星から音色の変化、リズムの処理、英次ならではの鮮やかで流麗な仕上げで文句なし。
所々でテンポとデュナーミクの大きな揺れが現れるのも英次の長所&欠点ですけども、今回は音楽が崩れる際で留まれたほうでしょう。
木星は中間部の旋律はもちろん、それが断片的に出てくる箇所でも聞き取りやすいように足取りを遅め旋律を浮き立たせて聴かせるというクドさ一歩手前のやりよう。
ライブだからこれぐらいやんなきゃ。録音でこれだったらディスクを叩き割ってやりますよ。
オケはアラもちらほら。女声合唱は表現は好演でしたけども、声自体は神秘さ薄め。

前半は大阪クラシックのプレ公演の雰囲気。
今年もいよいよ発表&発売になりましたね。
その週に定期があるセンチュリーさん以外の在阪オケの弦楽奏者合同で弦セレですってよ。
楽しみ。
7月21日 (土曜日)14:30 京都コンサートホール大ホール

下野 竜也(常任首席客演指揮者)
野田 清隆(ピアノ)
豊嶋 泰嗣(ゲストコンサートマスター)

曲目:
シューマン(野本洋介編曲):「天使の主題による変奏曲」からテーマ
尾高惇忠:ピアノ協奏曲
ブルックナー:交響曲第1番ハ短調 WAB 101(リンツ稿・ハース版)

京響!初日!

シューマン。
最後の作品となった天使の主題による変奏曲なるピアノ曲の美しい主題を管弦楽にアレンジしたもの。
最後の作品ではあるがそのテーマは旧作のヴァイオリン協奏曲に現れるものによく似ているという。
それを「天使が歌ってくれた」と、作品に仕立て上げたシューマンの壊れきったココロの澄んだ悲しさが沁みる。
編曲者は読響の打楽器奏者。下野さんが読響にポストを持っていた縁ということか、このアレンジは下野さんが音楽総監督を勤める広響のシューマンチクルスのアンコールとして毎回取り上げられたそう。
下野のシューマンというとPACでも全曲企画をやったけれども、気がつけば今はスダーンのモーツァルト企画が続いてるねえ…。シューマンは売れんのかねえ。

尾高惇忠。
11年5月21日第546回定期演奏会(指揮:広上淳一)でオーケストラのための"肖像"が演奏された尾高さん。
存命中の邦人作曲家が別の曲で再度定期に出てくるというのは、ありそうでないことでありまして、尾高さんの評価が分かろうというもの。
京響さんだと武満・伊福部・吉松ぐらい?(調べやすいように定期だけでも良いので第1回からのデータベースを公式で作りませんか)
尾高さんの出自がよく分かる、フランス近現代的な官能的響きと、プロコフィエフやショスタコーヴィチばりの非人間的でメカニックでメタリックな響きが交錯する作品だった。
"マイルドな三善晃"ということで、よろしいんじゃないでしょうか。客席に尾高さんいらしてた。3度めの定期登場はあるかしら!あればいいな。というか委嘱作品なんてどうかな。
独奏の野田さんのクリアな打鍵と、オケをバリバリ鳴らしてもソロをかき消さぬバランスを成し遂げる下野の捌きが凄い。

ブルックナー。ブルックナー・オーケストラではない京響さん、ここ10年ほどの京響定期では井上・小泉・高関・下野…かな?少ないねえ。
ここ10年ほどの関西に目を移せば、第1交響曲は小泉&センチュリー、児玉&大阪交響楽団、飯守&関西フィル、井上道義&大阪フィル、そして本日と版こそ違えど下野&大阪フィル。
そう、版が違う。リンツ稿は交響曲創作初期のもの、それを晩年に改作したものがウィーン稿。
プレトークで下野さんは「小学校の卒業文集を大人になって書き換えたような」と表現していた。ワタクシもこのブログの何処かで「子供の頃のパステル画をモティーフそのままに油絵にしたような」と書いた気がする。
ウィーン稿は晩年の感性で曲を整理して綺麗に管弦楽処理した結果、リンツ稿の持つ素朴で乱雑、早口だけど言葉足らずな、そういう若さ&良さが全て消え失せる始末。
だが、今日まで下野さんはブル1を取り上げるとなればあえてそのウィーン稿を取り上げてきていた。ここへきての大転回。なし崩し的にチクルス化しちゃうのかな。
演奏は!
シャープなのにスマートではなく武骨。知的に組み上げて立体感が凄いのに腰が軽くならず妙にどっしり。
立体感あたりは広上さんが来て以来のすり鉢状配置が完全にオケに馴染んだことも貢献している。ホール中央で聴けば指揮者の頭上2mぐらいで音が渦を巻くのが見えるから。
オケはまだおっかなびっくりなところが管楽器の一部に聞こえて、二日目になればさらに良くなる感あり。

プレトークでは評判の悪いプログラミングについての釈明に近いお話と、新しい作品や耳馴染みのない作品をなぜ取り上げてゆくのかについての思いなど。
京響さん自体は第9公演の前プロに現代邦人作品委嘱初演を長らく組み合わせていたり、前の首席客演指揮者・岩城宏之が邦人現代作品+ド名曲プロをやり続けていたり、
井上道義時代の超アグレッシブなプログラミングがあったりとそれなりにやってきているんだけれど、まあ、定着はしないわね。
岩城宏之のエッセイに、バーゼルだったかの音楽協会が設立150年を祝してメシアンやマーラー7番などのリクエストがくるだろうと期待しつつ耳の肥えているはずの協会員へリクエストを募ったら、1位がアイネクライネナハトムジーク、2位が未完成交響曲、3位が新世界よりだった(順位うろおぼえ)ので、協会の担当者が「150年もやっててこの有様です」と泣いてた話があったけれど、そういうものなんでしょう。
倦まず弛まずやるしかない。尾高とブル1で組み合わせは良かったのか、という議論とかは中の人でやってください。我々は出てきたものを文句言いつつ残さず喰うので(笑)。

次回は高関さんの戦争レクイエム!今月は東京遠征までして東響のゲロンティアスの夢を聴いてきましたのでね。2ヶ月続けて英国合唱曲の精華を聞くわけですよ。
前回戦争レクイエムを聴いたのは・・・

大阪フィルハーモニー交響楽団第473回定期演奏会
2013年11月15・16日ザ・シンフォニーホール
指揮/下野竜也

・・・あんたらしかいてへんのかいな・・・