悲しくて涙が出たのは、もしかしたら初めてかも知れない。避けられぬ別れに抗いながら、私は泣いた。彼女も泣いた。

でも、違う涙だと思う。

私は彼女のためではなく、自分のために泣いた。自分に価値がないから捨てられるのだと、そう思って泣いた。

自分の存在意義を外に求めることは不健全だ。自分の生きる目的を外に求めることは不健全だ。

加えて私は未熟だ。自分を人質にして彼女を繋ぎ止めようとした。彼女を傷つけることはできなかったから、自分を傷つけることで自分に目を向けてもらおうとした。でも、そんな私を見て傷つかないような彼女ではなかったと思う。そんな人に恋をするほど愚かではないと信じている。不健全で未熟でも、そこまで愚かではない。

おかしな話だが、彼女の体を傷つけたとしたら、そちらの方が彼女を傷つけなかったのかも知れない。どこかで彼女は私の苦しみを共に受けることに納得してくれたのではないかとさえ思う。でも、そんなことをすれば人間として自分を見ることができなくなりそうだった。彼女にとってはどちらも悪夢には違いないが、どちらの方が救われたのだろうかと、今さら思う。

彼女はきっと、私のために涙を流してくれた。応えることのできない想いであっても、不健全で未熟な自分に苦しむ私のことを考えてくれていたのだと思う。そういう人に出逢えて良かったと、心からそう思う。

実ったかと思った途端に地に落ちてしまった恋ではあるが、うちに宿した種がまた新しい芽を出して、そしてまた新しい関係を築いていけたらと、心からそう願っている。

大きな体に見合うだけの大きな器ではなくても、たとえ小さな器であっても、固く確かな器を持った人間になりたい。

この恋の終わりに彼女は私に課題を与えてくれた。それに取り組むために生きているのだと今は思う。いつかそれを成し遂げたら、私はきっと誰かと幸せな生活を作っていける。相手は彼女ではないかも知れないけれど、忘れはしないだろう。それは彼女がいてくれたからだと。

ごめんなさい。私はあなたに苦痛を与えてしまいました。

ありがとう。本当にありがとう。あなたのおかげで私は頑張れます。

お互い、幸せになりましょう。隣にいる人が誰であっても。