2012.2.27の日記。
一部修正。
 人生でこんなに辛かった日はなかった。

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※以下、気分を害するような内容があります。
読みたくない方、何だか察した方はスルーしてくださって構いません。





まだ詳細書く気分にはなれないので、簡略化して書きます。




待望の長男(以下、ベビくん)は、今朝、お腹の中で亡くなっていることがわかりました。

26w0d、突然の…原因不明の心停止でした。考えられるのは、臍帯過捻転(へその緒がねじれまくった)だそうで、防ぎようのないものだそうです。



今、かろうじて、私のお腹にいますが、ラミナリアを挿入して、何日かかるか分からない分娩をするための準備をしています。

いわゆる、死産にむかって、今、進んでいます。

診断名
子宮内胎児死亡(IUFD)

切迫早産とは関係のない、ただただ仕方のない、病気です。

先生も、
『これだけ突然のは滅多にない。入院していて、検査もモニターもしているのに、全く異常なかった。だから、防ぎようがなかったし、気づくこともできなかった。』と。何十分もかけて、くまなくエコーしてくれ、できる限りの、全ての可能性を信じて探ってくれました。

が。心臓が止まってたのは事実。

泣きました。
旦那と、声だして泣きました。
母にもきてもらい、泣きました。

まだ泣きます。
泣かないわけない。

だけど、まずはベビくんをきちんと出産してあげたいと思います。

ママができることならなんでもするよ。

だから、一緒に頑張ろうね。

お腹の中、淋しかったよね。

もうすぐ…2月末か3月始めには、ちゃんと抱っこするからね。

いっぱい写真撮ろうね。

今から絞って、ちゃーんとお名前つけるからね。

あと何日か、ママと二人三脚。
よろしくね。


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前日の夜でも、夜中でも、何で気づいてあげられなかったんだろう。

誰がこんな結末を予想してた?

つい1日前までは確実に生きていた優人。

もしかしたら、前日の胎動の少なさは、苦しくて動けなかったのかもと思うと、可哀想で仕方ありません。

このとき、ドップラーあったら、すぐ異変に気づいて助けられたのかな?

病院に入院していて、1日2回のNSTもして管理している中での、出来事。ずっとモニターしていたらすぐ気づいてあげられたのに。

でも、クリニックで帝王切開しても、近くの総合病院ではみれない週数。周産期センターまで救急車で一時間。

気づいて心拍落ち気味のときにはすでに低酸素なのかな。

それでも助けたかった。

生きた優人に会いたかったよ。