優人妊娠中の4年前、2012年2月20日に、私は切迫早産のため入院しました。

そして、2月26日までは確かに優人は生きていました。

翌朝2月27日、午前中のNSTにて優人の心音が、拾えず…子宮内胎児死亡を宣告され、翌月3月1日に優人を死産しました。


そんな経緯があるからか、やっぱり2月下旬から3月は、カレンダーや時計をみては、凹みます。

なんで、あのとき気づいてあげられなかったんだろうって。
1日に2回しかないNSTよりも、自分が感じた”あれ?なんか胎動少なくない??”を信じればよかった…って。

気にしすぎ!って思われてもいいから、自分が感じた、あれ?っていうのを伝えればよかった…。

仮に気づいても、26週の優人は、クリニックでは助けることは難しかったし、近くの総合病院は34週以降2000g以上の子しかみれないし、(無事生まれていたとしても)超未熟児の優人をみれる周産期センターは救急車で1時間(それも受け入れ枠があったのかはわからない)、雪もあるから下手したらもっとかかってしまうから、いずれにせよ難しかった。

私は、気づくことができなかった。
いや、今思えば気づいていたけど行動に移せなかった。
私が気づいていれば、助かっていたのかも…という気持ちは今もかわりません。


…という、優人の命日目前で、気分落ち込み気味ですが、次女の不機嫌継続中のため、どっぷり落ち込む暇がない。

これは次女なりの励まし?と捉えてプラスに考えよう。

昨晩は過去最強のグズりっぷりで、何してもダメだったので、泣き疲れ作戦を決行し、とりあえず長女を寝かせることだけに専念。ま、次女のあの泣き方じゃ長女もうるさくて眠れず、だいぶ時間かかったけど。

寝室行ってから、長女は約45分後、次女は2時間くらいあとに泣き疲れて寝ました。

夜中は4回くらい不機嫌で大泣きしたけども。。

今朝も不機嫌継続中。

ある意味ありがとう( ; _ ; )/~~~