1月:術後3ヶ月検診・異常なし

 

2月:仮住まい引っ越し

 

3月:家屋建築着工

 

4月:初高尾山歩(初タカオベース)

 

5月:高尾山歩2回目

 

6月:高尾山歩3回目

 

7月:高尾山歩4回目

 

8月:母入院、呼吸器検査

 

9月:検査入院、父入院、母転院、新居完成・引き渡し

 

10月:新居引っ越し、検査結果要加療・機械装着、母入所、父転院

 

11月:父病院1日おき面会、母週1帰宅

 

12月:ほぼ毎日何かしら

 

8月・9月は両親の入院と新居への引っ越しで気が狂いそうだったが、10月下旬から自身の治療が始まったことで落ち着きを取り戻していったように思える。

 

波乱の一年だったと言えるのかもしれないが、たくさんの方々のおかげで両親も私も生きていられたと心から思う。

 

捨てることはいつでもできるが、一度なくしたら戻ってこないものもある。

 

だからこそ今を大切に。

 

お世話になった皆様に厚く御礼申し上げます。

 

どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

 

先日、父を救急搬送していただいた時に非常に役立ったLifesaveIDのメディカル情報。


どう役に立ったか。


まず救急隊から聞かれることは、救助者の氏名・年齢・現在の状態、そして病歴と服用薬の種類。


前3つと服用薬は身分証やお薬手帳などでわかると思う。


問題は病歴。


いわゆる『持病』というものだと思いLifesaveIDのメディカル情報に登録していたのだが、聞かれたのは病名と『発覚・発症・治療開始が何時からか』だった。


父の場合はたまたま父自身が覚えていたのと私のスケジュールに入っていたこともありすぐにわかったが、病院では「何歳の時ですか?」と聞かれたので少し慌ててしまった。


「入院や手術がなければ覚えていない」といった事も『病歴』だということと、それを家族含めた他者に知らせる手立てが必要なんだとわかり、早速、家族全員分LifesaveIDのメディカル情報に年月も追加登録した。


こうした大切な情報が救急に早く伝わることで、救われる命は多くなると私は思っている。


このブログを読んでくださった方にも、いま一度救急の在り方というものを考えていただけたらと思います。

数日前から父の足が思うように動かなくなり、近所の整形外科から別の病院に転院しようとしていたところ、今朝になって身体中の痺れと震えが出たので、救急要請した。


当初、転院しようと思っていた病院は整形の救急は受け入れできないとなり、救急隊員さんの見事な連携プレーで受け入れ病院をローラーで当たってもらい、整形に優れていると言われている病院が受け入れてくれることになった。


到着後、救急医師が様々な検査を行ってくださり、整形外科の担当医に診てもらった結果、父の病巣が判明して入院となった。


父は身体の異変が顕著になってから、一番辛いのは身体が言うことをきかない原因がわからないまま病院を渡り歩き、改善の目処もなくこのまま痛みに耐え続けなければならない現実だと言っていた。


それが、救急搬送によって原因が判明して少し落ち着きを取り戻せたことが、父としても私としても一番の安心となった。


今回、父を搬送してくださった救急隊員さんのお一人が、偶然かどうかはわからないが母を救急搬送してくれた方だった。


救急隊は搬送者の状態にあった病院を探すプロだからと言ってしまえばそれまでだが、父のように原因がわからず苦しんでいる者と家族からすれば一筋の光、ヒーローだと痛感したし感動した。


一度ならず二度までもご尽力いただいた事の御礼を、帰宅してから消防本部にした。


本当に救急隊員さん達は、親身に真剣に対応してくれる。


それが病院側にとって対応可能かわからないことであったとしても、一刻も早く搬送者に安心してもらうためにと尽力してくれる。


だからこそ、救急車をタクシー代わりに使うような要請はしてほしくない。


救急隊は結果、搬送を断るとしても、要請があれば現場に行かなければならない。


その間に失われる命があるということを知ってもらいたい。


今回、父の救急搬送をお願いしたのは近所の整形外科医から「異変があったら救急車を呼んでください」と言われていたから即『119』したのであり、母の時も『#7119』に相談し、かかりつけ医に連絡した上で要請している。


事故や病原のはっきりしている絶対的に救急が必要な時は『119』を、判断に迷う時には『#7119』を押していただきたい。


政治には詳しくないしあまり語りたくないのが本音だが、腑に落ちないことだらけなのでちょっと物申す。

 

円安だ物価高だと言っているが、そもそもの原因はなんだ?

 

高齢化か?少子化か?金の高騰か?資源の枯渇か?

 

否。

 

全ては日本の価値を下げたことにある。

 

かつてはあった『ジャパンプライド』が現在の日本には微塵も見られない。

 

日本の強みは何か。

 

何代にもわたって経営が続いている企業を『老舗』というが、それが立て続けて廃業している現実。

 

『日本古来』が絶滅しつつある現実。

 

インバウンドを良しとし、質を低下させている現実。

 

それらを我々日本人はどう捉えているのか。

 

もっと日本の内を磨き、海外から頭を下げてお願いされるぐらいに質を上げなければ、このハイパーインフレは止まらない。

 

このままでは近いうちに日本も破綻するだろう。

 

そうなる前に日本国民一人一人が危機感を持ち、自分にできることは何か、自分がすべきことは何かを考える必要があるのではないか。

 

誰かがやるじゃねぇんだよ。

今日はおいしいものを買いに日本橋へ行くと決めていた。

 

その前に、日頃の感謝を申し上げるために人形町の小網神社へ。

 

キャリーバッグを引いたり日本語ではない言葉が飛び交う列にうんざりしつつ並び、お参りを済ませておみくじを引く。

 

小網さんでのおみくじはほぼほぼ大吉なのだが、そこにはそれほど良いことは書いていない。

 

ただ、いつも『いつでも何があっても驚かず焦らず前を向くこと』とある。

 

私も常にこうありたいと思っているが、それがなかなか難しい。

 

それでも最近は少しはできるようになってきたかな、とも思ってる。

 

キレたこともあったけど、それがきっかけで自分の感情もコントロールできるようになってきたし、親のことも少しわかるようになった。

 

やるべきこと・やりたいこともはっきりしてきた。

 

それも小網さんのご助言のお陰だと思っている。

 

お礼を述べた後は、思い出の地・日本橋へ。

 

大手町から門前仲町までお散歩すること十数年。

 

中でも日本橋は取引先があったこともあり、足しげく通っていた。

 

でもそれも昔の話。

 

東京駅周辺は目まぐるしく変化している。

 

それでも街並みや老舗は変わることなくそこにあって、懐かしくかつ新たな発見をしつつお散歩。

 

三越で小布施堂の栗かの子羊羹ミニと坂角のゆかりを買い、日本橋とやま館でわっぱ御前を食べてほたるいかの沖漬けを買い、ここ滋賀で千成亭の干肉と琵琶湖産の本もろこ煮を購入。

 

長野も愛知も富山も滋賀も、全て思い出の地。

 

今は現地に行くことができないけど、こうして思い出を味わうことができる。

 

今日は4県だけだったけど、またアンテナショップ巡りをしよう。

 

そしていつかまた、本当の思い出巡りをしよう。

 

昨日線状降水帯発生予測、今日台風に伴う大雨予報だったので、今日のお昼用に秋刀魚を買っておいた。

 

黒潮の大蛇行が始まる前は秋刀魚の干物をよく食べていたが、以降はお魚が捕れなくなっただけでなく価格も高騰したので、我が家ではもっぱら鯖・真ほっけ・鮭をローテーションしていた。

 

今年は大漁とはいえまだそこまで漁獲高があるわけでもなく、輸送代などの諸経費はかかるので安いと言っても2尾で350円。

 

それでも安くなったほうだし何より丸々としていたので購入、今日のお昼に焼いて食べた。

 

脂がノリノリだがくどくなくてとてもおいしかった。

 

もちろん、わたはジジイ行きだけどね。

 

外は雨で気温は低いのに湿度が満載(当たり前)で室内はムシムシだったけど、食卓で秋を感じた。

 

その後はびっくりするほど忙しかったけど。

 

なぜって、園児が「寒くて寒くて仕方がない。毛糸のチョッキ持ってきて」と言ったから。

 

毛糸のチョッキは捨てただろうよ。

 

そして貴方、汗かいてるのよ。

 

それでも身体が冷えてると感じるのは病気のせいで、どんなに着込んでもその寒さはとれないのよ。

 

でも、毛糸のチョッキがあれば少しは安心するのだろうからとお店を渡り歩き、ようやくパシオスで見つけることができた。

 

明日、家にあったダウンっぽい薄いチョッキと2つ持って行って、看護師さんに選んでもらおう。

 

それにしても6000歩いかなくて足がだるいってのは私も相当衰えてきているな。

 

なるべく歩かなくっちゃ。

 

 

PCを買い替えたので頻繁に書けるかな。

 

というわけで、約3ヶ月ぶりのブログを書く。

 

いろいろあった。

 

6月・7月と高尾山歩を楽しみ、8月は猛暑でどうしようかと思っていたところに園児(母)の持病再発につき入院加療となり、ジジイ(父)も園児入院以降全く歩かなくなり、腰からくる筋肉の痛みに通院を重ねるもどうしようもなく、私も体調がめっきり悪くなり簡易検査したところ要再検査となり、今度検査入院する。

 

新居完成月を満身創痍で迎えることになり片腹痛いものがあるが、こればっかりは仕方ない。

 

でも、ここで治せるものを治して手を加えることで改善できれば前進と見ていいと思っている。

 

来月には一つ歳を重ねることになるが、それが止まるまでは歩き続けていきたい。

 

少しずつ、一歩ずつ、ゆっくりと、確実に、前へ。

 

 

ある日の園児(母)を前にしてのジジイ(父)との会話。


ジ「最近、食費がかかりすぎてるな」


む「物価が上がってるから仕方ないんじゃない?」


ジ「母ちゃんの食べたいものを食べてるからじゃないのか?寿司だの刺身だの」


む「食べたくないもの食べさせてご機嫌ななめになって癇癪起こしていいならそうするが?」


ジ「う~ん……でも、老後に2500万円必要だってテレビで言ってるぞ?」


む「老後っていつからいつまでの事なんだよ。今、既に老後だろ。


それに2500万円って数字もどっから出てきたんだよ。


年金受給者と父ちゃんみたいに事業やってる人じゃ収入も違うし、倹約家と浪費家じゃ違うだろうが。


今の年齢から2500万円貯めようったって無理だし貯金だって無いわけじゃない。


あの世にお金を持っていけるわけでもないんだから、生きてるうちに使わなくてどうする。


お金が無いなら心配するのはわかるが、あるんだからそれを自分のためにどう使うかを考えたらどうだ?


上を見てもキリがないし下を見てもキリがない。


よそはよそうちはうち。


要するに細く長く生きたいか太く短く生きたいかだよ。


細々生きなくていいなら、自分の好きなことをして好きなものを食べたほうがいいと思うぞ」


ジ「……」


この後、園児が「あたしのせい?あたしのせいでお金ない?」と、ジジイに詰め寄ったのは言うまでもない。


前置きはここまで。


ジジイとの会話で出てきた『老後』。


物の本には『定年退職後のこと。概ね65~70歳以降』とある。


『定年退職』がそもそも曖昧なのに、更に『概ね65~70歳』という曖昧さ。


そして『老後』という文字。


『老い』の『後』とは?


『老い』を日本の高齢者の定義にあてはめると65歳以上が高齢者となるが、『老い』も平均寿命が伸びている昨今、もはや高齢者が『老い』ているとは到底言えない。


現に私より元気な高齢者は五万といるし、そこら辺のジジイに「ご老人」などと言えば「誰が老人だ!」とドヤされるぞ。


そんなジジイの『老い』の『後』なぞ、死ぬまで来ない。


年金問題や健康保険問題が解決しない限り『老後』資金をあれこれ言うのは論外。


人の余命は誰にもわからない。


同じように限界や老いを決めつけてはならない。


頑張って働いてもらった報酬は自分のために使うべきであり、必死に働いて稼いでくれた親や子、パートナーのお金を当てにするのは愚の骨頂。


次姉は「子供たちのため」と言ってジジイの遺産を当てにしているが、それでジジイに圧をかけるのはバカの極み。


ジジイも園児もよく頑張った。


特にジジイは貧しい家を助けるために若い頃からよく働き、家庭を持っても親のため子のために更に働き、今は老体に鞭打って園児のためにと世話をしてくれている。


そんなジジイと園児から更に金を搾り取ろうとする制度は如何なものか。


『老後』を考えなければならないのは私たち『若者』であって、既に年金受給者である『今老』の人たちでは決してない。


ジジイや園児をいじめていいのはお世話している私だけであって、他の人がジジイや園児をいじめたら私がぶっ飛ばす。


そこんところを肝に銘じて発言しろよ。



Xがバグ祭り&長文なのでこちらに記す。


某エセ山屋氏(以降エセ氏)の『閉山期の富士山登山は禁止もしくはレスキュー費用自己負担』発言に端を発した『富士山問題』。


あまりのアホさ加減に頭が痛くなってきたので、本投稿をもって私的終息とする。


まず、エセ氏の発言に対して異論を唱える人を完全無視し、もてはやす人のみを良しとする姿勢がアホすぎてもはや可哀想。


聞く耳を持たず、人を見る目を持たず、世情に疎いにも関わらず虚勢を張るしかないのだろう。


まあ、そんな事微塵も思っていないだろうが。


エセ氏ののたまう『閉山期の富士山での遭難事故』、夏のほうが多いことをどれだけの人が知っているのだろう。


死者数の割合は確かに閉山期が多いが、それは遭難事故そのものの分母が小さいからであり、遭難事故件数で言えば夏は閉山期の2~3倍程。


また、富士山遭難事故(ヘリ出動件数含む)件数より他の山での遭難事故件数の方が圧倒的に多い。


それを富士山から救助の締めつけを行うことで他の山にも派生し遭難事故が減るいうような発言を、曲がりなりにも『山屋』を称するような人がするのは如何なものか。


『無謀』の定義・『まず富士山から』という意義を示さない以上、この発言は愚の骨頂。


国も都道府県もこの愚に踊らされてる場合ではなく、もっと考えるべきことを考えて欲しい。


高齢者による交通事故の増加だ。


山での遭難事故より高齢者による交通事故・違反件数の方が多い。


ご多分にもれずうちのジジイも高齢者かつ運転免許証保有者だ。


人身事故は起こしていないものの自損物損は何度も起こしているし、逆走も経験がある。


急発進防止装置を過信し車庫入れ時にアクセルを踏んだまま突進、防止装置が働くことを確認して満足気にハンドブレーキを引くジジイ、ムカつく。


事故を起こさないまでもスイッチや操作方法がわからなくなることもしばしば。


ジジイにいい加減免許証返納して欲しいと頼んでも、二言目には「国がいいって許可してるんだ」とのたまう。


ジジイと同様もしくは「免許証取り上げられたら生活していけない」と言って返納せず、加害者となった高齢者がどれだけいると思っているんだ。


そして遭難事故の比ではないぐらいの被害者・死者がいることを、国や都道府県はどう思っているんだ。


年金制度や健康保険制度が立ち行かないことを高齢者のせいにし、年金支給額を引き下げ高齢者医療費(健康保険料)を引き上げるのも、エセ氏と同じ論点のすり替えであり愚策。


山を愛する人ならば、日本を愛する人ならば、山から日本から人を遠ざけるのではなく、共に考え行動してくれる人を増やすことが重要であり責務だろう。


最後に、エセ氏と愚策から目を背けている人へこの言葉を贈る。


無知の無知


※このブログは個人の感想であり、効能・効果を示すものではありません。

全然ブログ更新してないわ。


やーねー(確信犯)。


さて。今回は告知です。


あるプロジェクトを支援しています。


『Lifesave ID』


AIを駆使して開発された日本初の緊急通報システムです。


予め持病や服用中の薬、緊急連絡先などを登録しておく事でいざと言う時に通話だけでなく、登録してあるデータだけでなく居場所(緯度経度)や話せる状態でない場合は音声機能が全て警察や救急に伝えてくれます。


また、普段使いも可能です。


画像通話では地図も表示されるので、迷子や待ち合わせの際にも使用できます。


費用は購入時にしかかからず、バージョンアップや機能追加も無料で行われます。


補償も販売されており、本体購入時にのみ補償付加が可能です。


有効期間は1年間、故障や破損の場合2回まで無料で交換できます。


詳細はクラファンページをご確認ください。


今回のクラファンは先行販売に続く第2弾になります。


先に記載した通り、AIを駆使して開発された日本初の緊急通報システムなので、商標登録・特許の取得が不可避になります。


本体の制作は既に始まっているため、第2弾はその商標登録・特許の取得費用のクラファンです。


手軽に持ち歩ける緊急時対応システム保険だと思っていいと思います。


開発者は登山中に遭難してこの『Lifesave ID』を思いつき開発に至りましたが、街中でも十分に活用できるものです。


『万が一』は何時どこで起こってもおかしくありません。


初期投資だけで日頃から活用できる便利なシステム『Lifesave ID』のご支援・ご購入をお願いします。



開発者のコウヘイさんが泣いて喜びますので『お気に入り』を押していただくだけでも結構です。


どうか、命とみんなの安心と絆と想いを繋げてください。


コウヘイさんのX

https://x.com/koheii?t=cpEA_UdS2Q6FnVsolfDILQ&s=09