『流星君!お父さんと一緒に海に行こう!』
言いながらリビングのドアを開けて現れたその男に向かって、
『流星ならいないぞ』
と告げたのはスプリンガー。視線はテレビに釘付けで男の方を見向きもしない。
『えっ…?』
男は一瞬大きく目を見開いた後、
『なんで!?夏休みだよ!?親子水入らずで過ごすんじゃないの!?っていうかどこに!?まさか一人で行かせたんじゃないよね!?』
ものすごい形相でスプリンガーに迫った。すぐさま『近い!』と言われながら顔に張り手される。
『一人でなんか行かせるわけないだろ。ちゃんと保護者同伴だわ』
保護者同伴、と聞いて男はホッとした表情を見せる。それから改めて『それでどこに行ったの?』と尋ねた。
『プール』
『プールぅッ!?』
スプリンガーの返答を聞いた男はその場に膝をついて崩れ落ちる。そして
『プールでも海でも山でも…言ってくれたらどこでも連れていってあげるのに…』
と悲しげに口にする。『流星君はお父さんのことが嫌いなのかな…』と続けながら。
『好きとか嫌いとかじゃないだろ』
スプリンガーは平然と言った。
『え?』
『好きでも嫌いでもなくて、興味ないからお前と関わりたくないんだよ』
『がーん!』
スプリンガーからの衝撃的な発言に、男はショックを受けたことを強調するようにわざわざ口にした。そんな男に呆れながら
『つーか、お前は確かに流星にとって血のつながった父親かもしれないが…今は他人なんだからそのへんしっかりわきまえろよ』
と告げる。
『スプリンガー…ひどい…』
そんなちょっと複雑そうな剣流星の家庭事情は置いといて……
その頃、流星は夢とともにウォータースライダーを滑り降りていた。
二人で歓声をあげながらプールに飛び込むと激しく水しぶきがあがる。
『たのしい!りゅうせい、これすっごいたのしいですの!』
『うんそうだね。たのしいね』
『もういっかい!りゅうせい、ゆめはもういっかいやりたいですのよ!』
『うんわかった。もういっかいすべろう』
そうして二人はもう一度ウォータースライダーを滑るため、手をつないで階段を上っていく。
傍目には仲の良い兄妹にしか見えない二人をラプソディとトップガンダーが離れたところから見守っていた。
『二人とも楽しそうだ。連れてきて良かったな』
満足げにつぶやくラプソディ。その隣で
『そうだな』
トップガンダーはぶっきらぼうな相づちを打つ。内心では密かに(何故俺がこんなところに…)と思いながら。
始まりはラプソディが所属する楽団で知り合いから夏季限定でオープンするプール施設の入場券の親子ペアチケットを二組分もらって帰った時だった。
それに喜んだ夢から『とっぷがんだせんせーもいっしょにぷーるいきませんの?』と言われ、返答に困っていたら
『そうだ。スプリンガー先生のところの…剣流星…だったか?彼を誘ってはどうだろうか』
ラプソディがそんなことを言い出して…
『ゆめってばりゅうせいといっしょにぷーるいきたいですの~!』
それを聞いた夢が両手を挙げて賛成し、トップガンダーはそれを拒否することができず…現在に至る。
そういうわけでプールを訪れた四人だが、満喫しているのは完全に子ども二人だけ。
『らぷそでぃ~あれ、すっごいたのしいですのよ!』
二回連続でウォータースライダーを滑った夢がご機嫌で戻ってくると
『それは良かった。夢が楽しいとラプソディも嬉しいぞ』
と言ってラプソディは微笑む。
『らぷそでぃはあそびませんですの?』
『実はラプソディは泳げないんだ』
『そうなんですの?じゃああっちのながれるぷーるでながれたらどうですの?』
『流れるプールか…それなら泳げなくても楽しそうだな』
『ゆめってばらぷそでぃといっしょにながれてあげますのよ』
ラプソディと夢がそんな会話をしている一方で、
『トップガンダーせんせい』
『何だ』
『せんせいは…およいだりしないんですか?』
見慣れた黒のジャージ姿で佇むトップガンダーに流星は質問した。それに対して
『しない』
と即答するトップガンダー。
『どうして?』
流星はさらに尋ねた。すると
『泳ぐつもりで来ていないしそもそも水着というものを持っていない』
という返事が返ってくる。
『え…』
それを聞いて流星は一瞬言葉を失った…が、
『ビキニ!黒いビキニパンツがトップガンダーには似合うと思う!』
急に変なスイッチが入り、トップガンダーに詰め寄っておかしなことを言い出す。
『いや、ちょっと待って…サーフパンツもカッコいいよね』
『おい』
『いっそのことふんどしはどうでしょうか…!?』
『おいお前』
『でもでも個人的にはやっぱり黒ビキニ…』
『人の話を聞け』
言いながらトップガンダーは流星の顔を両手で挟んで向き合い、自分と目を合わせるようにした。
『トップガンダーはビキニパンツとサーフパンツ、どっちが好み?』
『…五歳児が何を言っている』
『僕はトップガンダーには黒のビキニパンツを履いて欲しい!絶対似合うから!』
『…まずパンツから離れろ』
流星の五歳児らしからぬ発言に呆れるばかりのトップガンダーだった…。
『結局…こうなるのか…』
『プール遊びというのは見た目以上に体力を使うからな』
遊び疲れた子ども二人…トップガンダーは流星、ラプソディは夢をそれぞれおんぶし、さらに濡れた水着の入ったプールバッグを持って帰路に着く。
『せっかく来たんだから一緒に遊んだら良かったのでは?』
そうラプソディに言われたトップガンダーは
『遊びに行ったつもりはない。強いて言えば引率だ』
と言い返す。きっぱりと告げられたラプソディは何も言わずに苦笑した。
帰宅すると、そこには見知らぬ男の姿があり
『…どちらさまですか?』
ラプソディが声をかけた。振り向いた男の顔を見たトップガンダーはその顔に見覚えがある気がしたが、思い出す前に
『お初にお目にかかります。剣流星の父親の古賀竜夫と申します』
と男が言った。
『剣流星の父親…』
それを聞いてラプソディは目を丸くする。一方でトップガンダーは(あぁだから見覚えがあったのか)と思う。
『それはそれはわざわざご足労いただきまして…私はメタル田幼稚園メタル組の副担任のラプソディ』
言いながらラプソディは男‥古賀竜夫と握手するべく手を出した。『はじめまして~』と笑顔で握手を交わそうとした時、
スパンッ
その手を手刀で叩き落とされる。
『何レギュラー面してしれっと嘘ついてんだこの詐欺師が』
吐き捨てるように口にしたのはいきなり現れたスプリンガー。古賀竜夫は叩き落とされた手をさすりながら
『詐欺師だなんて人聞きの悪い!』
と叫んだが、
『黙れペテン師』
『ペ…ッ!?』
今度はペテン師呼ばわりされて言葉を失う。そんな古賀竜夫を無視してスプリンガーはラプソディに向き直り
『この男の言うことは事実と異なるので本気にしないでくれ』
と告げる。詐欺師やペテン師という言葉に身構えていたラプソディは
『ということは剣流星の父親ではない…?』
恐る恐る訊いた。
『ないない。むしろ赤の他人』
平然としたスプリンガーの発言を聞いてホッとするラプソディの一方で
『赤の他人じゃない!』
古賀竜夫はそう叫んだ後、
『流星君は間違いなく血の繋がった息子です!』
と声を大にして言った。が、
『他人だろ。今のお前に親権ないし』
スプリンガーから突っ込まれて再び言葉を失う。
そんなやりとりを黙って聞いていたトップガンダーが(何やら複雑な事情があるようだな)と思った時
『どうやら複雑な家庭らしいな』
とラプソディがつぶやいた。
『複雑さなら私と夢も負けないと思うが…』ボソッと続けたラプソディは夢を布団に寝かせるため、自分の部屋に入っていった。
沈黙するトップガンダーに向かって古賀竜夫は
『親権はないかもしれないけど、流星君の父親には違いないので、流星君を返してください』
と言った。トップガンダーの隻眼に少なからず怯えながら。
『っていうか…失礼ですけどあなたはどこの誰ですか?』
唐突に尋ねられて、トップガンダーは(遠足に乱入してきた時に一度会っているはずだが…この男の記憶からは抹消されたようだな)と思った後、今更ながら名を名乗ることにする。
『俺は‥』
だが自分で名前を言うより先に
『この人はメタル田幼稚園の先生で、僕がいちばんに大好きなトップガンダー先生です!』
勝手に紹介された。その声は自分の後ろから聞こえてきて…
『…起きたのか』
肩越しに振り返りながら問うと
『お父さんがうるさいので目が覚めました』
という返事が返ってくる。
『流星君が…大好きな人…?』
古賀竜夫の突き刺さるような視線を感じながらもトップガンダーは何も言わない。
『流星君』
『なんですか』
『お父さんとこの先生、どっちが』
『トップガンダー先生』
『!?』
勇気を振り絞って「どっちが好き?」と質問しようとしたが、最後まで言う前に、むしろやや食いぎみで即答されて古賀竜夫はその場に崩れ落ちた。そして
『即答とかあり得ないでしょ!お父さんと幼稚園の先生だよ?しかもいい年して中2病を患って邪気眼を封印してるような闇持ちキャラだよ!?』
割と大きめな独り言を言う。(何を言っているのかわからないが…なんとなく馬鹿にされてる気がする…)トップガンダーがそう思っていると、
『そうか、わかった!だったら…流星君が大好きだっていうその先生に好きになってもらえるようにお父さん頑張る!』
…と、明らかにおかしなことを言い出した。それにはトップガンダーだけでなく流星もスプリンガーも目を丸くする。
『何言ってんだお前…』
呆れたスプリンガーが声をかけるが
『流星君が大好きな先生が好きになってくれたら流星君もお父さんのことを好きになってくれるよね!?』
当の本人は流星に話しかけている。そんな古賀竜夫に対して流星は
『それは…どうでしょう…』
トップガンダーの背中から降りながら曖昧な返答をした上で
『っていうかトップガンダー先生に好きになってもらうのは僕の役目なのでお父さんには渡しません』
と言い返した。
『えぇっ!?』
何それどういうこと?と尋ねてくる古賀竜夫に向かって流星は一言。
『トップガンダー先生は僕の未来のお嫁さんです』
『!!』
驚きのあまり言葉を失う古賀竜夫の一方でトップガンダーは(また言っている…)と思って密かにため息をつく。(何でもいいからとっとと帰ってくれないだろうか…)
『…わかった』
何がわかったのか不意に口にしたのは古賀竜夫で
『ならば流星君よりも先に、お父さんが先生と結婚します!』
再びおかしなことを力強く宣言。
『!?』
『え』
『はぁ~っ!?』
それを聞いてトップガンダーは眼帯をしていない方の目を見開き、流星も言葉を失い、誰よりも驚いていたのはスプリンガーだった。
『改めまして、剣流星の父親の古賀竜夫です。結婚を前提にお付き合いしていただけないでしょうか』
早速トップガンダーの手を握りながら交際を申し込む。それを
『お断りします!』
全力で拒否したのは流星。トップガンダーの腰にしがみつきながら
『トップガンダー先生は僕が18(歳)になるまで待っててくれるんです~!僕が18(歳)になったらお嫁にきてくれるんです~!』
と叫んだ。
『13年も待たせるの?お父さんと結婚して新しいお母さんになってもらったほうがよくない?』
『よくない!』
そんな二人のやりとりにうんざりしたトップガンダーは古賀竜夫の手を振り払い、流星を自分から引き剥がしてスプリンガーに渡しながら
『続きはそっちで勝手にやれ』
と告げた。そのまま三人を無視して自分の部屋に入り施錠する。しばらくはドアの向こうで口論が聞こえたがひたすら無視し続けた。
ただひとつ…自分が面倒に巻き込まれただろうことが容易に予想できて…一人の部屋で盛大にため息をついたのだった。
[終]