(プレジデントオンライン)
PRESIDENT 2013年5月13日号 掲載
赤字200億円以上を垂れ流していた相模原製作所に、大宮英明社長(取材時は社長、現会長)は、全く“畑違い”の人物を“送り込んで”黒字化させた。「三菱は国家なのだから、危ないわけはない」この意識を、大宮はどのように変えさせることができたのか。
■「三菱は国家なり」
「説明するのは今日が初めてなんだよ。本邦初公開」
三菱重工業の大宮英明社長(現会長)は、2008年4月に社長に就任して以降、白さを増した髪の毛をかき分けながら、社長執務室に続く応接室に入ってきた。
大宮の手には「三菱重工の新たな挑戦」の冊子が握られていた。「三菱重工業株式会社社長大宮英明」とタイトルの下に書かれた日付は、2月26日。インタビューが行われた当日である。全69ページの冊子は、社長就任時から実行してきた“大宮改革”の集大成である。
この取材から1カ月前、三菱重工を担当する記者を招いての懇談会が、東京丸の内の三菱クラブで開かれた。飾らない口調の大宮が、挨拶に立ち、自ら取り組んできた改革に触れて、こう語った。
「7つの事業本部を4つのドメインに集約したり、SBU(戦略的事業ユニット)も導入し、やっと少しは普通の会社に近づけたかなと思っています」
大宮の淡々とした語り口のためか、目立った反応はなかった。だが、この“普通の会社”という言葉に、大宮改革の本質がある。大宮が作成した冊子の中に、興味深い表が掲載されている。
1つは「当社の問題点」と書かれたグラフで、1976年から10年までの売り上げと営業利益率が示されているが、ほぼ35年“停滞”したままである。
もう1つの表は「フォーチュン?グローバル500」から引用されたものだ。65年には、日立、東芝とともに40番台の順位だった。しかしながら、80年代半ばを境に、三菱重工だけが、大きく順位を下げて、一時は、300番近くまで落ち込んでいる。それは操舵に異常をきたして、漂流する“巨艦”のようだ。
「儲かるか儲からないかではない、国のお役に立たなければ、三菱の意味はない」
同社の飯田庸太郎元社長の言葉である。
「三菱は国家なり」
この意識の高さこそが、三菱の矜持でもある。その一方で、大宮が先ほど「当社の問題点」と指摘したように、三菱重工は大企業病に侵され、にっちもさっちもいかない状態に陥っている。だが、三菱重工の社員の多くは、このままでは三菱重工が危ない、と考えてはいなかった。
社内に蔓延するこのような意識に対して、大宮の危機感は大きかった。魂が細部に宿るように、細部には組織の病巣が表れる。大宮は、その危険を肌で感じていた。象徴的なエピソードがある。
07年、当時、副社長だった大宮は、資材などの調達口座数を部下に調べさせたことがある。2週間待ってやっと返ってきた答えが、7万口座存在するというものだった。当時、三菱重工の社員数は、約3万3000人。「社員1人あたり、2つ以上の口座が存在するのか」。大宮は驚いた。部下が再びきたのは、2週間後で今度は「1万いくつあります」という報告だった。部下によれば、「同じ調達先でも、三菱重工の部署ごとに違う口座が存在する。さらにそれが事業所ごとに存在するから、一括で調達できる製品であっても、複数の口座になっている。このダブりを名寄せ業者に頼んだら120万円かかった」というのだ。
こうした壮大な“無駄”に気づかず、誰も疑問に思わないコスト意識のなさに、大宮は唖然とした。これを機に、大宮は、徹底的に事業内容を数値化し、視覚化し始めるのだった。数値化、視覚化が進むと一気に数字至上主義、儲け至上主義に邁進する企業も多い。ところが、大宮が指揮を執る企業は、三菱重工である。近代日本を形成するうえで不可欠な基幹インフラを、防衛を含めて、歴史的に背負い続けてきた企業なのである。
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