「Rain」~私の頭の中の専門書~

「Rain」~私の頭の中の専門書~

東京で活動する、ピアノ&作曲家、Mario IwaiのWebコラム
ショパンをはじめ、ピアノの重力奏法の解説や、作曲の解説、
音楽ネタや、ピアノ奏法などについて、
mario独自の視点で、解説していくコラムです!
ピアノの教材販売、レッスンも絶賛受付中!

芸術と承認欲求、

 

承認欲求は≒エンターテインメントと置き換えても良いかもしれません。

 

どうもmarioです。

 

久しぶりに文章で、お伝えしていこうかと思います。

 

人によっては、センシティブ内容を含む可能性もございますので、表現には十分注意を払いますが、

 

場合によっては、後々削除させていただく場合もございます。あらかじめご了承ください。

 

 

 

私の音楽の知人に、師匠を亡くしている方がいて、その師匠さんは自ら命を絶ったそうなのです。

 

もう何年も前の話になりますので、現在の日本(世界)の状況とは関係はありません。

 

私はその師匠さんとお会いしたこともありませんし、名前も存じ上げませんでした。

 

ただ、その知人やその周辺の人たちから、その師匠さんが、どういう人間であるかなど、

 

断片的ではあるものの、話題に上ってくることがあったので、

 

そういう方がいるんだ。という程度の認識です。

 

 

 

ちなみに、私にはピアノを教えてくれた「先生」というのは、何人か存在していますし、

 

その中に私がブログや動画で紹介している、重力奏法を授けてくださった先生も含まれていますが、

 

私にとって、「師匠」にあたる人はいません。

 

よく音楽のプロフィールに、気軽に●●に師事と書いてあるのを見ますが、

 

先生に習ったという関係性と、師匠と弟子の関係は、全く別物ですから、

 

そういった部分は、本来切り離して考えるべきものです。

 

 

 

話がそれましたが、

 

私にとって、師匠という存在はいませんので、師匠を亡くした知人の気持ちは、

 

私にはわかりません。

 

多分、わかろうと思っても、そういった存在がいない私には、

 

恐らく無理なことです。

 

 

 

その師匠さんは、知人らの話によると、

 

とても音楽の研究者として優れていて、ピアノも歌、ソルフェージュや作曲など、

 

音楽に関する能力では、オールマイティに優れている方だったそうです。

 

例えば。マーラーの交響曲を暗譜でピアノで弾けちゃうような感じ。

 

 

 

 

そんな才能を持ち合わせていても、世の中に名前が出ていないので、

 

私も存じ上げませんでしたし、世の中に知られる存在ではないわけです。

 

亡くなった年齢は、中年くらいと言ってよい年齢で、

 

客観的状況だけを、外野から見るのであれば、

 

崇高であり、高みを目指していたが、志半ばで折れてしまった。

 

ということになります。

 

ただ実際のところ、何を理由に、自ら命を絶ったのかはわかりませんし、

 

音楽と関係があるのか、ないのか、

 

それとも、明確な理由なんてなくて、単にこれ以上生きていたくないと思ってしまったのか。

 

それは誰にもわかりません。

 

 

 

その師匠さんは、そもそも弟子を持てる立場であるわけですし、

 

その知人は音楽の学校に行っていたわけですから、

 

音楽学校の教授という位置にはいたはずで、

 

世間体としては、別に成功していないわけではないと、肩書上は思います。

 

しかし、その師匠さんとしては、それは成功のうちに入っていなかったのかもしれませんし、

 

世の中に認められている、必要とされている、という実感が持てなかったのかもしれません。

 

評価に対する自身の受け止め方は、人それぞれですからね。

 

 

 

芸術を深めていくとき、

 

自分が研究しているものが、そもそも何の意味があるのか、誰かに必要とされるものであるのか、

 

そもそも音楽とは、必要なものなのか。

 

そういったことは、近年のコロナという状況において、改めて考えることになったと思います。

 

ピアノが上手に弾けても、どんなに音楽の知識や素養があっても、

 

お金が降ってくるわけではないし、コロナを退治できるわけでもなければ、

 

貧困を解決できるわけでもなく、経済が良くなるわけでもありません。

 

必需品ではない、

 

という位置に、どうしても追いやられてしまいがちになりますね。

 

 

 

それでもコンクールで優勝したり、誰かに認められたりすれば、

 

続けていく希望になると思いますが、

 

研究を続けていても、何になるんだ?と思った瞬間に、

 

絶望に闇に吞まれてしまうことは、もしかするとあるのかもしれません。

 

 

 

私は、その師匠さんが、世の中に対して何を求めていたのだろう?

 

なんて言ってほしかったのだろう?

 

ということだけが、とても気になります。

 

顔も拝見したことない方なのですがね。

 

 

 

ツイッターやネットでは、音楽は人気商売なので、売れてなんぼでしょ?

 

売れてるのは実力があるからじゃん?売れてない人が、単なる妬みで批判している、

 

みたいな、

 

まるで品性も素養もないコメントなどをたまに見かけたりしますが、

 

 

 

芸術は、「売れる」ためにやるものではありません。

 

 

 

売れるっていうのは、あくまで結果的にそうなっている人もいる、といことであって、

 

売れている人が、芸術家なのではありません。

 

第一、

 

おおよそ芸術音楽家がフリーランスになり始めたベートーヴェンの時代、

 

ベートーヴェンですら、自身の交響曲やピアノソナタだけでは

 

お金を稼ぐ手段として、不十分だったので、

 

民謡を一般向けにアレンジしてみたり(いわばポップスですよね)、お小遣い稼ぎをしていますし、

 

ショパンだって、職業としては、作曲家でもピアニストでもなく、ピアノの先生です。

 

リストにしても、お小遣い稼ぎを別にしていたわけですから、

 

音楽が直ちに、お金や生活力に結びつくわけではない、

 

昔から、芸術は直接的にお金に結び付かない、というのは、

 

昔の人だってわかっているわけで、現代でもそれは同じです。

 

 

 

もし売れてなんぼなら、生前、描いた絵が1枚しか売れなかったゴッホはどうなるんでしょう。

 

今や世界で、彼の絵の価値をわからない人はいないはずです。

 

でも、当時は売れてはいないので、実力不足ということなのでしょうか。

 

愚門ですよね。

 

それは理解が追い付いてこなかっただけの話で、

 

彼の絵の価値がないわけでも、実力不足なわけでもないですよね。

 

後々、100年以上にわたって、名前が残るようなものを残した人たちは、

 

生前貧乏だろうが、偉大です。(人間的に良い人だったかどうかわかりませんがね)

 

 

 

今は、動画サイトやSNSで、誰しもが発信して商売ができる時代になりました。

 

私自身もそれにあやかって、Youtubeで動画を出しています。

 

それによって、生徒さんが集まったり、演奏できたりということが、

 

以前よりはやりやすくなり、コロナの中であっても、できることが増えたように思います。

 

それは、時代が進歩して良くなった面だと思います。

 

 

 

ただし、Youtuberと言われている方々、

 

動画上で演奏を披露して、それにより集客をしたり、広告収入などを得たりという人たちが、

 

みんな芸術家であるか?と言われると、

 

それは違います。

 

 

 

彼らは音楽やピアノを使って、商売をしているのであって、

 

逆に言えば、お金を稼ぐ手段としては、別にピアノでなくても良いけれども、

 

でもピアノを使って商売している、と言えます。

 

それは、芸術というよりはむしろ、

 

エンターテインメントの世界であって、目的としては、たくさんの人を喜ばせることにありますよね。

 

と同時に、承認欲求の塊でもあるので、たくさんのいいね!やコメント、再生回数など、

 

それが付随してくるわけです。

 

なので、たくさんの人を喜ばせるためにやっていることでもあり、

 

自分のためにやっていることでもある。

 

ということですよね。

 

 

 

そういった世界と、芸術音楽を比べること自体が、まず間違っていますよね。

 

だって芸術は、わかる人がわかっていれば良い世界であって、

 

ピカソの絵がわからない人もいるでしょう、ベートーヴェンが好きでない人もいるでしょう、

 

それでも良い世界なわけです。

 

「私は神様に奉仕するために演奏しているのであって、お客がいようがいまいが関係ない」

 

というような発言をした有名ピアニストもいましたよね。

 

 

 

芸術とは、そういう世界で、

 

自分自身が生きていくための道しるべであり、自分自身の中に本来はあるものです。

 

なので、相手がどう感じたかとか、相手に何か同意を求めたり、共感を求めたり、

 

といことは、本来はあんまり関係のないことなのです。が、

 

 

 

ただし、芸術をやるのは、人間ですよね。

 

人間にはどうしても、欲があります。

 

有名になりたい、お金持ちになりたい、偉くなりたい、世界を変えたい、

 

そして、褒められたい。

 

欲と芸術は関係ないとは言っても、認められたいと思わない人は、、基本的にはいないわけです。

 

 

 

芸術は深めていけば深めていくほど、

 

同時に孤独も深まってしまいます。

 

周りとは一線を画した、別世界へと足を踏み入れ、そのまま進んでいけば、

 

もう普通の世界には戻ってこれなくなります。

 

何も考えずに、周りとワイワイやってた頃のほうが、悩みもなく幸せだったかもしれない、

 

と思うこともあるでしょう。

 

でも、芸術とはそういうものです。

 

 

 

冒頭でお話した師匠さんほどではありませんが、

 

私もピアノの先生をレッスンする機会がありまして、複数のピアノの先生に、

 

同じことを言われたことがあります。

 

「先生に習って、非常に良いことを学んでいるとは思うけれど、

 

地元に帰って教えていると、そもそも、それ以前の問題だし、

 

これだけ情報があふれている時代でも、周囲もまるでわかっていない人が多くて、

 

孤独を感じます、真っ暗になります。」

 

と。

 

複数の方がおっしゃっていたので、実際そうなのだろうと思います。

 

これが極限まで深まってしまうと、もしかすると師匠さんのようになってしまう可能性もありますよね。

 

 

 

それでも揺るがずに進んでいけるかどうか、ということです。

 

10人生徒さんがいて、1人でも、私の言っていることが伝わってくれて、

 

私と同じ世界を見て、受け継いでくれる人がいてくれたのなら、

 

それは、私が教えている意味があったな、と思います。

 

実際、難しいと思います。

 

私が演奏したとき、10人がそれを聴いて、1人でも、marioさんの演奏は素晴らしかった。

 

と真の意味で理解できる人が現れてくれれば、

 

それは成功です。

 

古くからつながってきたものを、次につないでいく、伝承していくというのは、

 

多分それくらい難しいものです。

 

では、そんな困難をなぜしなければならないのか?なぜ険しい道を歩かねばならないのか?

 

しなければならないわけではないです、すすんで。

 

歩かなくても生きていくことはできます。

 

 

 

ただ、そこから見える景色というのは、言葉にできないくらいに美しいものである。

 

それは、志を持って進んでいこうとする人にしか、見えないものである。

 

これだけは、言えると思います。

 

 

 

芸術とは、自分自身が生きていく上での、道しるべです。

 

 

生きていく上では、とても大切なもの。

 

 

そして、それはあなたの中にもあります。

 

 

そういったものを大切にしていけら、多分人生素晴らしいものになると、私は思う。

 

 

 

長くなりましたが、終わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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それでは。