卒業してもう一年以上が経ちました
卒業後、設計事務所に流れのまま就職し、中途半端な覚悟と行動の結果から
解雇され
時給がいいというだけでやりたいこととは別のただ図面を書くという仕事を
これまた中途半端にやり
その仕事が無くなりそうになってあせって仕事を見つけたものの
中途半端にしか選んでなかったので 仕事の内容とやりたいこと仕事の環境給与人間関係など
いろいろ悩んで 結局 辞めることに
なにもかも中途半端で
信念や理想を口にしながらもなにも 実現できていないし なにも実現しようとすらしていない
そして 今 すま研のR1席でカタカタPCを叩いています
仕事が決まったからという理由で、すま研も卒業すると 大見得切ったにも関わらす
で戻ってきています。
それでも
なにも言わず迎えてくれる 人たちがいる
当たり前だなんて思ってはいません
僕が逆の立場だったら 「お前が出ていったんやから知らんわ 自分でなんとかしろ」
と現実論をふりかざして突き放すと思いますし
常連のお客さんも 愛のあることばを掛けてくださいます
今日も鉄さんにいろいろと教わりました
人に好かれるように行動しろ!
媚を売るんじゃなくて 意識して気持ちの良い人間になろうとすればいい
自分がされて嬉しいことを人にしてあげる
嫌いな人も自分が好きにななって(好きなつもりになって)行動すれば、相手も ただ突き放すことは出来なくなるし、こんなに慕われることは 誰も悪い気はしないし そんなことをしてる間に その人と仲良くなれる
人に好かれることができれば 100点満点中の70点はもらえたも同然である
自分が好きな人に対する評価は甘くなるし逆に嫌いな人への評価は無意識に辛くなるものだ
嫌われることは ほとんどの場合で損になるということ
もちろん なにか一つだけでも相手に好印象を与えることができればいいということで
全ての行動を人に合せるということではない
逆に 人に嫌われても構わないと割り切って人生を送ることは大変であるといえる
常に好かれる奴より高得点を取らないといけないし困った時に誰も助けてくれない
もし嫌われても自分を通したいというなら 相当の覚悟と根性と努力が必要であるとうこと
私は今まで 自分が嫌いな人には好かれなくとも構わないと考えてきた
それがそもそもの間違いだということだ
私が嫌いな人をAさんとして 私が好きな人をBさんとする 私はBさんと仲良くなりたいが
AさんとBさんが仲が良いとすると
Bさんと話たいだけなのに嫌いなAさんに会わないといけないというハードルが一つ増える
そしてBさんがのことを好きなのに Aさんにとった態度や言動などをAさんに見られたり
AさんがBさんに告げ口したりすることでどんどんと 私のB評価を下げることになっていく
表面的にBさんにだけ優しくしたところで 取り戻せるものでもない
芯を持つとか理想を貫くというと聞こえはいいしさもポジティブな発言をしてるかのようだが
実際は出来ないことを出来ないままにしているということを開き直ったり
出来ないことをあーだ こーだと頭のなかで考えているにすぎないということだという側面も同時にあるとういうこと
私は人に怒られることが嫌いだし苦手だ 幼少期から 口うるさい母親に下手すれば
一挙手一投足に至るまですべてにおいてガミガミ注意されていた時期があるからそうなったのかもしれない
とにかく、尊敬出来る一部の人に、丁寧な口調でさとしてもらわないとなかなか頭の中に言葉が入ってこない偏屈な質なのです
それにも増して傲慢で 自分はなんでも平均より優れていると思いがちであるという一面がある
プライドを持つということは必要で 自分は出来る人間だ 人よりここが優れていると
表面上だけでも表せることは 決して短所だけであるとは言えないが諸刃の刃であるともいえる
傲慢なままでも、その傲慢に見合った成果を出していれば周りは文句は言わないし
泊がつく
しかし傲慢でしかも それに見合った成果も出せない人間は ただの偉そうな口だけの奴という
印象にしかならないということ
仕事
アルババイト経験は人より豊富だと思うが それも一長一短だったのだとやっと理解した
時間に対してお金をもらうということは、仕事が出来るやつでも出来ないやつでも一時間いれば
お金がもらえる
それが続くと パブロフの犬状態で 一時間いればお金がもらえると勘違いする
そしてそれが正社員となった時もその悪しき慣習から抜け出ることが抜け出ることが出来なくなる
正社員で尚且つ設計事務所のような 少数の組織ではひとりひとりが与えられたこと(必要最低限)のことをやっているだけでは利益にならない
まして、右も左もわからない 社会人経験の浅い人間が、のほほんと与えられたことだけをしていてなにが得られるというのか
そもそも 指示された仕事をやるだけという行為は 会社の為に働いているとは言えない
それは上司が仕事をしているのを少し手伝ったに過ぎないし
自分一人では何も生み出していないということ そんなものは自分の給料の額に見合うはずがない
でも生活はしないといけないから、会社はそれなりの給料をくれるし
生活が出来ないほどの安月給じゃ人も集まらないから会社はそれないりの給料をくれる
しかしそれはあたりまえではないし
等価交換で 自分が売上を出した分が給料になったわけでは勿論ない
特に設計事務所の下働きなどなんの利益も生まないわけだ
だから 生活出来るくらいの給料もくれるところには一人前になるまで(自己で判断出来責任がとれるようになるまで)は なにも会社に返せていない利益を出していない状態だと考えるべきで たとえそれがどんな不遇な状況であっても文句を言ってはならない
出来るようになって始めて できない奴を叱ることも 会社の待遇ぬ関する文句も言える立場になるということだ
異端でああることは決して難しいことではない
人と違うことをすればいいのだ
それがなんでもいい 馬鹿になればいいのだ
例えば9時からの仕事なのに7時半から出社して 勉強する こんなことができれば勿論素晴らしいし直接的に人に差をつけらるだろう
でもそんなにハードルを上げる必要もない
朝10分早く来て会社の自分の部署の人の机の上だけ綺麗にだいふきで拭くとかそれだけでもいい
それが人に評価される為ではなく
自分がその行動を取れているということ自体に意味があり
たとえそれが善行であっても悪行であっても自分が決めたことをやるということ
それを続けるということが人と差を付ける結果につながるということ
挨拶やお礼だってそう
心でどう思っててもありがとうと言う
それを続けることだけでも 万人がそれを出来ているわけではないので差をつけることができるははずだ
ここまで書いてきたことは どうしようもない私のことを思ってくれた人が与えてくれた言葉でありそれを忘れない為に書き留めようと思ったので ここに保存するものである
今日 デザインイースト1日目行ってきました

名村造船所は何年か前にHIP-HOPのイベントでDJ KRUSHとかMic Jack ProductionとかBOSSが来てた時に
一回いったことがあったんですが昼間と夜ではまた雰囲気が違ってよかったです

相変わらずの廃倉庫のようなグランジ感のある空間で僕個人の印象でしかありませんが
来ている人間をかっこよく見せる空間なのかもしれないと思いました。
実際ファッションやメイク髪型全てこだわりを持っているらしい人が多く来ていて大げさにいえば全員と友達や知り合いになりたいなと思えるくらいです。やっぱり同じクラスタなんだなと。
以前クラブイベントで来たという場所からの印象かもしれませんが友達がオーガナイズをしているクラブイベントに来たような錯覚さえ感じました。
普段はみなさんどこにいらっしゃるんでしょうか やっぱり人見知りだから片っ端から友達になってくれなんて言えずw
男子もイケメン多かったし 女子の美白パッツン率高くて、黒髪パッツンてやっぱりいいな、なんて
再確認できましたw

ま、ここまでは極々個人的な印象でしたがここからはTALKの話をします
TALK01は最後の10分くらいしか聴けなかったのですが
ファッションと建築についての話をされていました
ファッションは一過性のもので流行り廃りがあるもの
建築を大学教授とかが批判する時に「これは建築じゃなくてファッションだよ」
と嫌味を言う
雑誌というメディアについては
日本は世界で一番多くファッション雑誌が販売されているのに、ファッションを研究するような
真面目な本は大きい本屋でもなかなか見つけられない
一方建築雑誌の位置づけは、大衆的ではなく専門誌としての分類されるモノが多い
これを海外(多分フランス?て言うてたかな?)とくらべるとそのへんの八百屋さんで買い物してる
おばちゃんが読むようなインテリア雑誌すらあるらしい
大阪のおばちゃんは読んだとしても週刊誌くらいよね汗
一億総デザインに敏感とかなってくれれば嬉しいしデザインを生業にする仕事がもっと社会的にも高いところに持ってこれて、なおかつデザインそれ自体の底上げができると思う
そういう所を僕らの世代で啓蒙していければと思うのですが
、
実際価値観の多様化がすすんで身なりや住居はどうでもよくてゲームができたりコスプレができたり
ただ飲みにいって騒げればいいという、クラスタも既に存在しているわけで
そういった人種に一からこれはこの部分のデザインがねとか、この空間を感じろとか言っても無理な話だし
先進国、日本といえどもデザインの現場が日の目を見るのは大分先というか
一部の人間の嗜みみたいなもとのとして昇華していくいわば嗜好品としての付加価値の高いデザイン
みたいなものにシフト(今も十分そっちより)しかないのかななんて思ったりもしました
あと住居についての日本とヨーロッパの違い
ヨーロッパでマンションを賃貸たとすると、改装 ペンキぬったり壁紙かえたりしないとそもそも住めない物件だったり、内装を自由にいじるのが当たり前だそう
日本ではもともと金太郎飴みたいなおんなじ間取りの部屋が何百とあるマンションで
画鋲の穴一つ開けただけでも原状回復の修繕費を取られるような縛りを設けている
住まいてに任さらているという自由度ではヨーロッパのほうが上回っているけど
住まい手にとって品質が保証されていて、手間が掛からないのが日本式といった感じで
なるほどこれも 建築家に住宅設計をお願いするよりも
ハウスメーカーで雛形のできた均質な住宅を手にするほうが日本人の国民性みたいなものにフィットしているのかもしれないなと納得させられた
いくら景気がよくなって収入が増えても そもそも個性みたいなものにお金を使える人間はひとにぎりでデザイナーはその少ない人を取り合っていかないといけないような気さえしてくる
日本人全体をデザインの感覚みたいなものを上部構造にシフトさせるにはどういう手法を取らなければいけないのか真剣に考えないといけないと思う
その後食べたり

飲んだりして

でtalk02

正直「スプツニ子!」っていう人今日まで全然知りませんでしたが
すっかりファンになりました
頭いいのになんかはちゃめちゃで、でも問題定義するとこは的を得ていて
作品は正直よくわかりませんでしたが(?疑問をもたせることが意図とのこと)
人柄や考え方みたいな部分は共感できる点が多くて 是非、新卒撲滅運動※1を一緒にやって行きたいと思います
※1 日本の新卒者重視の就職活動を撲滅しようという試み
とりあえずtalk02は 今日のトーク内容やツイッターでの意見配信をフリーペーパーにしたものを
いただいて帰ったので明日にでもまた詳しくupしようと思います。
とりあえず頭が回らなくなったのでまた明日
関係者の皆様おつかれさまでした素晴らしい一日をありがとうございました。
---------------------余談------------------↓
いつまでも誰かのフォロアーのままは嫌だ 実力や知識の蓄積は講壇している人には今は全く勝てないかもしれませんがなにか新しいことの第一人者になることによって(山崎さんのコミュニティデザインのような)新たなジャンル、カテゴリを見出しそれを資本主義にフィットさせていく そしてそれを生業にする
30歳までにはなにかを見出したいです
そしてレクチャーしてもらう側からする側になりたいという欲求が高まりました
それからツイッターアカウント名いままでmonsoonZでやってきましたが
monsoonてmonsoon cafeとかと被るしいちいち由来を聞かれる 第一呼びにくいしオリジナリティにかけるので呼び名のまんま
mon-sun [モンサン]に統一しようと思いますこれでツイッター経由で初めて会う人でも
気軽にもんさんって読んでくれるような気がするので


名村造船所は何年か前にHIP-HOPのイベントでDJ KRUSHとかMic Jack ProductionとかBOSSが来てた時に
一回いったことがあったんですが昼間と夜ではまた雰囲気が違ってよかったです

相変わらずの廃倉庫のようなグランジ感のある空間で僕個人の印象でしかありませんが
来ている人間をかっこよく見せる空間なのかもしれないと思いました。
実際ファッションやメイク髪型全てこだわりを持っているらしい人が多く来ていて大げさにいえば全員と友達や知り合いになりたいなと思えるくらいです。やっぱり同じクラスタなんだなと。
以前クラブイベントで来たという場所からの印象かもしれませんが友達がオーガナイズをしているクラブイベントに来たような錯覚さえ感じました。
普段はみなさんどこにいらっしゃるんでしょうか やっぱり人見知りだから片っ端から友達になってくれなんて言えずw
男子もイケメン多かったし 女子の美白パッツン率高くて、黒髪パッツンてやっぱりいいな、なんて
再確認できましたw

ま、ここまでは極々個人的な印象でしたがここからはTALKの話をします
TALK01は最後の10分くらいしか聴けなかったのですが
ファッションと建築についての話をされていました
ファッションは一過性のもので流行り廃りがあるもの
建築を大学教授とかが批判する時に「これは建築じゃなくてファッションだよ」
と嫌味を言う
雑誌というメディアについては
日本は世界で一番多くファッション雑誌が販売されているのに、ファッションを研究するような
真面目な本は大きい本屋でもなかなか見つけられない
一方建築雑誌の位置づけは、大衆的ではなく専門誌としての分類されるモノが多い
これを海外(多分フランス?て言うてたかな?)とくらべるとそのへんの八百屋さんで買い物してる
おばちゃんが読むようなインテリア雑誌すらあるらしい
大阪のおばちゃんは読んだとしても週刊誌くらいよね汗
一億総デザインに敏感とかなってくれれば嬉しいしデザインを生業にする仕事がもっと社会的にも高いところに持ってこれて、なおかつデザインそれ自体の底上げができると思う
そういう所を僕らの世代で啓蒙していければと思うのですが
、
実際価値観の多様化がすすんで身なりや住居はどうでもよくてゲームができたりコスプレができたり
ただ飲みにいって騒げればいいという、クラスタも既に存在しているわけで
そういった人種に一からこれはこの部分のデザインがねとか、この空間を感じろとか言っても無理な話だし
先進国、日本といえどもデザインの現場が日の目を見るのは大分先というか
一部の人間の嗜みみたいなもとのとして昇華していくいわば嗜好品としての付加価値の高いデザイン
みたいなものにシフト(今も十分そっちより)しかないのかななんて思ったりもしました
あと住居についての日本とヨーロッパの違い
ヨーロッパでマンションを賃貸たとすると、改装 ペンキぬったり壁紙かえたりしないとそもそも住めない物件だったり、内装を自由にいじるのが当たり前だそう
日本ではもともと金太郎飴みたいなおんなじ間取りの部屋が何百とあるマンションで
画鋲の穴一つ開けただけでも原状回復の修繕費を取られるような縛りを設けている
住まいてに任さらているという自由度ではヨーロッパのほうが上回っているけど
住まい手にとって品質が保証されていて、手間が掛からないのが日本式といった感じで
なるほどこれも 建築家に住宅設計をお願いするよりも
ハウスメーカーで雛形のできた均質な住宅を手にするほうが日本人の国民性みたいなものにフィットしているのかもしれないなと納得させられた
いくら景気がよくなって収入が増えても そもそも個性みたいなものにお金を使える人間はひとにぎりでデザイナーはその少ない人を取り合っていかないといけないような気さえしてくる
日本人全体をデザインの感覚みたいなものを上部構造にシフトさせるにはどういう手法を取らなければいけないのか真剣に考えないといけないと思う
その後食べたり

飲んだりして

でtalk02

正直「スプツニ子!」っていう人今日まで全然知りませんでしたが
すっかりファンになりました
頭いいのになんかはちゃめちゃで、でも問題定義するとこは的を得ていて
作品は正直よくわかりませんでしたが(?疑問をもたせることが意図とのこと)
人柄や考え方みたいな部分は共感できる点が多くて 是非、新卒撲滅運動※1を一緒にやって行きたいと思います
※1 日本の新卒者重視の就職活動を撲滅しようという試み
とりあえずtalk02は 今日のトーク内容やツイッターでの意見配信をフリーペーパーにしたものを
いただいて帰ったので明日にでもまた詳しくupしようと思います。
とりあえず頭が回らなくなったのでまた明日
関係者の皆様おつかれさまでした素晴らしい一日をありがとうございました。
---------------------余談------------------↓
いつまでも誰かのフォロアーのままは嫌だ 実力や知識の蓄積は講壇している人には今は全く勝てないかもしれませんがなにか新しいことの第一人者になることによって(山崎さんのコミュニティデザインのような)新たなジャンル、カテゴリを見出しそれを資本主義にフィットさせていく そしてそれを生業にする
30歳までにはなにかを見出したいです
そしてレクチャーしてもらう側からする側になりたいという欲求が高まりました
それからツイッターアカウント名いままでmonsoonZでやってきましたが
monsoonてmonsoon cafeとかと被るしいちいち由来を聞かれる 第一呼びにくいしオリジナリティにかけるので呼び名のまんま
mon-sun [モンサン]に統一しようと思いますこれでツイッター経由で初めて会う人でも
気軽にもんさんって読んでくれるような気がするので

カレー漬け
最近毎日カレーを食べています
夏バテなのか食欲がなかったり単にカレーがたべたくなったり
意地になっているだけの時もありますが
全然苦痛ではないです現在9日め
カレーと一言で言っても
日本の家庭っぽいカレー インドカレー キーマカレー タイカレー カレーうどん
と様々な味や形態があり 味も全然違うので飽きることはありません
事務所周辺でも探してみると以外にカレー屋が多くて驚きます。
スーツのサラリーマンばかりの店や女性客が多い店
チェーン店から昼の数時間しか空いていないお店
本当にいろいろな店があってその地域のニーズに答えている
普通の人は2,3週間に一回食べるくらいだと思うけど
それにしては店多いなぁと感じます
将来bar併設の事務所を持って趣味で作ったカレーを振舞えれば言うことないな
なんて思っているので、いまから出店する場所とか何カレーにするのか
とかいろいろと調査して記録しておこうと思います。
ただカレーってラーメンと同じくらい 安いって思えるところが無い
材料費やら煮込んでる時間やらガス代やらやたらかかるんだと思うけど
毎日食っててたら財布もたないw
いつまで続けられるかわかりませんが 自宅でもカレー作って節約&研究しつつ
カレー道を極めて行こうと思いますw




最近毎日カレーを食べています
夏バテなのか食欲がなかったり単にカレーがたべたくなったり
意地になっているだけの時もありますが
全然苦痛ではないです現在9日め
カレーと一言で言っても
日本の家庭っぽいカレー インドカレー キーマカレー タイカレー カレーうどん
と様々な味や形態があり 味も全然違うので飽きることはありません
事務所周辺でも探してみると以外にカレー屋が多くて驚きます。
スーツのサラリーマンばかりの店や女性客が多い店
チェーン店から昼の数時間しか空いていないお店
本当にいろいろな店があってその地域のニーズに答えている
普通の人は2,3週間に一回食べるくらいだと思うけど
それにしては店多いなぁと感じます
将来bar併設の事務所を持って趣味で作ったカレーを振舞えれば言うことないな
なんて思っているので、いまから出店する場所とか何カレーにするのか
とかいろいろと調査して記録しておこうと思います。
ただカレーってラーメンと同じくらい 安いって思えるところが無い
材料費やら煮込んでる時間やらガス代やらやたらかかるんだと思うけど
毎日食っててたら財布もたないw
いつまで続けられるかわかりませんが 自宅でもカレー作って節約&研究しつつ
カレー道を極めて行こうと思いますw




EXIT THROUGH THE GIFT SHOP

見てきました はじめはティエリー(MBW)のカメラワークのフラフラ加減に三半規管がやられましたが
全体通してみると、90分という映画としてはさほど長くない時間に
起承転結というか展開のフリの大きさみたいなものが感じられ引き込まれた
と同時にアート業界に警鐘を鳴らすバンクシーのメッセージとアート関係者、
それに踊らされるオーディエンスへの軽蔑を感じる内容だった
アートとはなんなのか?
実力 運 ジョーク なんの要素で成功と言われるアーティストになるのか
資本主義のシステムに組み込まれていくストリートアートを風刺する為にひとりの
バンクシーに憧れてストリートアートの世界にのめり込んでいった男の半生を通して
表現している。

バンクシー
バンクシー(banksy, 生年月日未公表)は、イギリスのロンドンを中心に活動する覆面芸術家。社会風刺的グラフィティアート、ストリートアートを世界各地にゲリラ的に描くという手法を取る。Banksy本人は自分のプロフィールを隠そうとしており、本名をはじめとして不明な点が多い。2005年、自作を世界各国の有名美術館の人気のない部屋に無断で展示し、しばらくの間誰にも気づかれないまま展示され続けたことが話題となった。(wiki)
なにがかっこいいのか
なにがリアルなのか
建築と言う「もの」は単なるアートでは無いので
安全性や快適性(これらは経験や知識から答えが得られるもの)が出来上がった作品において高いパーセンテージをもとめられるが
ストリートアートやインスタレーションのようなものは、自分から湧き出るもの
(それに根拠や意味があってもなくても関係がない)
が主たる行動理念になってくる
意味がなくてもといったが
映画のなかで

Shepard が語っていた 意味のない肖像でも繰り返すことで意味をもたせることができる
といっていたこととはまた別に
話題性という 他と比べるという相対的な価値においては意味があるもの
であっても絶対的な「もの」の価値にとっては無意味なもの
が付加されることによって
ただのゴミかアートか 落書きか グラフィティか
が決まってくる
その点だけは
建築を含めどのクリエイティブな行為にも当てはめることができ
一人の有力者の推薦で意味のないものも1万ドルで売れる作品になったりもするという危うさを
秘めている
個性や独創性といものもを感じられる鋭敏な感覚をもった人間も少なからず存在するであろうが
実際アートや作品を購入するのはメディアのレビューに踊らされる一般人であり
自分で「もの」の価値を考えようとしない人間であるといえる
そんな
現状にうんざりしていた僕にとっても
この映画はある意味で背中を押してくれるような作品だった。

見てきました はじめはティエリー(MBW)のカメラワークのフラフラ加減に三半規管がやられましたが
全体通してみると、90分という映画としてはさほど長くない時間に
起承転結というか展開のフリの大きさみたいなものが感じられ引き込まれた
と同時にアート業界に警鐘を鳴らすバンクシーのメッセージとアート関係者、
それに踊らされるオーディエンスへの軽蔑を感じる内容だった
アートとはなんなのか?
実力 運 ジョーク なんの要素で成功と言われるアーティストになるのか
資本主義のシステムに組み込まれていくストリートアートを風刺する為にひとりの
バンクシーに憧れてストリートアートの世界にのめり込んでいった男の半生を通して
表現している。

バンクシー
バンクシー(banksy, 生年月日未公表)は、イギリスのロンドンを中心に活動する覆面芸術家。社会風刺的グラフィティアート、ストリートアートを世界各地にゲリラ的に描くという手法を取る。Banksy本人は自分のプロフィールを隠そうとしており、本名をはじめとして不明な点が多い。2005年、自作を世界各国の有名美術館の人気のない部屋に無断で展示し、しばらくの間誰にも気づかれないまま展示され続けたことが話題となった。(wiki)
なにがかっこいいのか
なにがリアルなのか
建築と言う「もの」は単なるアートでは無いので
安全性や快適性(これらは経験や知識から答えが得られるもの)が出来上がった作品において高いパーセンテージをもとめられるが
ストリートアートやインスタレーションのようなものは、自分から湧き出るもの
(それに根拠や意味があってもなくても関係がない)
が主たる行動理念になってくる
意味がなくてもといったが
映画のなかで

Shepard が語っていた 意味のない肖像でも繰り返すことで意味をもたせることができる
といっていたこととはまた別に
話題性という 他と比べるという相対的な価値においては意味があるもの
であっても絶対的な「もの」の価値にとっては無意味なもの
が付加されることによって
ただのゴミかアートか 落書きか グラフィティか
が決まってくる
その点だけは
建築を含めどのクリエイティブな行為にも当てはめることができ
一人の有力者の推薦で意味のないものも1万ドルで売れる作品になったりもするという危うさを
秘めている
個性や独創性といものもを感じられる鋭敏な感覚をもった人間も少なからず存在するであろうが
実際アートや作品を購入するのはメディアのレビューに踊らされる一般人であり
自分で「もの」の価値を考えようとしない人間であるといえる
そんな
現状にうんざりしていた僕にとっても
この映画はある意味で背中を押してくれるような作品だった。
