日本人なら知っておきたい禅(KAWADE夢新書 352)/河出書房新社

¥778
Amazon.co.jp
こんにちは。
離れてぞ知る京都の良さ。。。
夏休みにやっと京都に行きます。
夏休みまでに京都観光の計画を立てなくちゃ!。。。
と最近は京都に関する本やガイドブックを読むことが休日の楽しみになってます。笑

天竜寺から庭園を眺める
さて。
この度私は「日本人なら知っておきたい禅」という本を読みました。
京都観光するうちに「お寺って何?」「仏教って何?」
という疑問を持ったのがきっかけです。
神社、仏教に続いて禅、、、
深い。。。深すぎるぜ!!!
ただの京都好きがどこを目指しているのか!? 笑

相国寺
私的にこの本から理解できたことは、
禅(禅宗)は仏教の宗派の一つであり、目指すものは仏教と同じであること。
前回のブログと繋がるのですが、ブッダ、仏様、釈尊、等と呼ばれる仏教を始めた人、
ゴータマ・シッダールタさんが到達した境地を目指すのが仏教であり禅。
前回のブログ『日本人なら知っておきたい仏教』
ゴータマ・シッダールタさんは悟りをひらくために修行しました。
その修行のひとつに坐禅(ざぜん)があり、
禅は釈尊が坐禅によって悟りをひらいた事実を重視しています。
坐禅をすることで、自分の心と向き合い、自分の中にある仏に気付くことが禅。
他者に頼ることなく、とにかく自分自身を見つめる。

源光庵 曹洞宗 悟りの窓
他の宗派である浄土宗は、念仏を唱えれば厳しい修行なしで誰でも救われると説き、
浄土真宗は阿弥陀仏を信じる心さえあれば悪人さえも救われると説く。
どちらも阿弥陀仏という自分以外の存在が救ってくれると考えるが、禅は違う。
坐禅によって自分の中に救いを見つけるところに禅と他の宗派の違いがある。

興聖寺 曹洞宗 坐禅を行う場所
そんな禅の修行方法の特徴を示す言葉が四つあります。
『不立文字』(ふりゅうもんじ) 文字や言葉に頼らず心から心へ伝えること。教えは文字では伝えることはできないという意味。
『教外別伝』(きょうげべつでん) 経典(仏教の教科書みたいなもの?)に書かれた教えや口頭で説くことのできる教えにこだわらない。
『直指人心』(じきしにんしん) 好き嫌い、損得計算、外見、見栄を捨てて自分の心を見つめる
『見性成仏』(けんしょうじょうぶつ)自分自身にある仏性を自覚できれば成仏できる
まとめると、
文字や言葉等から知識を蓄えるだけでは釈尊の境地には辿り着けない。
自分自身と向き合い、自分の中にある仏の心を見つけなさい。。。そんな感じか!?

東福寺 法堂
禅の修行僧のことを雲水と言いますが、毎日3時に起床しては坐禅を繰り返すそうな。
食事、風呂、掃除、トイレなど日常の立ち振る舞いすべてに決められた作法があり、
その際は一言も喋ってはいけない。
坐禅だけでなく、食事等の行い全てが修行と考えられている。
私なら耐えられないなぁ。。。
そんなに自分自身と向き合いたくないし、何かが見つかる気がしない。笑

南禅寺
このひたすら自分自身と向き合う禅では、生きるために必要最低限のものしか求めない。
派手や贅沢を戒め、シンプルで質素な生活を送ることを良しとしました。
禅の生き方や考え方が鎌倉時代の武士の価値観と合い、
武士だけなく庶民にも広まり普及しました。
その結果、禅の精神性が日本文化に溶け込み、茶道、華道、書道、剣道等、道がつくもの、
能や水墨画、建築や枯山水の石庭等が生まれました。

大徳寺 高桐院
なるほど。
禅寺のシンプルな雰囲気は禅の精神性に基づくものだったのか。。。
実は禅寺って質素すぎて見てて面白くないなぁって思うことが稀にあったのですが。笑
禅の精神性を表現しているとなれば、禅寺の観光の仕方も変わります。
深い。。。深すぎるぜ

私みたいに本だけで読んで知識を深めるだけでなく、
実際に禅寺に行って坐禅を体験してみるとより禅を理解できそうです。
。。。あと精進料理とか食べてみたいですね 笑

銀閣寺
いや。
お茶も茶菓子も食べたいですね。笑
なんて雑念だらけや。。。汗

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こんにちは。
離れてぞ知る京都の良さ。。。
夏休みにやっと京都に行きます。
夏休みまでに京都観光の計画を立てなくちゃ!。。。
と最近は京都に関する本やガイドブックを読むことが休日の楽しみになってます。笑

天竜寺から庭園を眺める
さて。
この度私は「日本人なら知っておきたい禅」という本を読みました。
京都観光するうちに「お寺って何?」「仏教って何?」
という疑問を持ったのがきっかけです。
神社、仏教に続いて禅、、、
深い。。。深すぎるぜ!!!
ただの京都好きがどこを目指しているのか!? 笑

相国寺
私的にこの本から理解できたことは、
禅(禅宗)は仏教の宗派の一つであり、目指すものは仏教と同じであること。
前回のブログと繋がるのですが、ブッダ、仏様、釈尊、等と呼ばれる仏教を始めた人、
ゴータマ・シッダールタさんが到達した境地を目指すのが仏教であり禅。
前回のブログ『日本人なら知っておきたい仏教』
ゴータマ・シッダールタさんは悟りをひらくために修行しました。
その修行のひとつに坐禅(ざぜん)があり、
禅は釈尊が坐禅によって悟りをひらいた事実を重視しています。
坐禅をすることで、自分の心と向き合い、自分の中にある仏に気付くことが禅。
他者に頼ることなく、とにかく自分自身を見つめる。

源光庵 曹洞宗 悟りの窓
他の宗派である浄土宗は、念仏を唱えれば厳しい修行なしで誰でも救われると説き、
浄土真宗は阿弥陀仏を信じる心さえあれば悪人さえも救われると説く。
どちらも阿弥陀仏という自分以外の存在が救ってくれると考えるが、禅は違う。
坐禅によって自分の中に救いを見つけるところに禅と他の宗派の違いがある。

興聖寺 曹洞宗 坐禅を行う場所
そんな禅の修行方法の特徴を示す言葉が四つあります。
『不立文字』(ふりゅうもんじ) 文字や言葉に頼らず心から心へ伝えること。教えは文字では伝えることはできないという意味。
『教外別伝』(きょうげべつでん) 経典(仏教の教科書みたいなもの?)に書かれた教えや口頭で説くことのできる教えにこだわらない。
『直指人心』(じきしにんしん) 好き嫌い、損得計算、外見、見栄を捨てて自分の心を見つめる
『見性成仏』(けんしょうじょうぶつ)自分自身にある仏性を自覚できれば成仏できる
まとめると、
文字や言葉等から知識を蓄えるだけでは釈尊の境地には辿り着けない。
自分自身と向き合い、自分の中にある仏の心を見つけなさい。。。そんな感じか!?

東福寺 法堂
禅の修行僧のことを雲水と言いますが、毎日3時に起床しては坐禅を繰り返すそうな。
食事、風呂、掃除、トイレなど日常の立ち振る舞いすべてに決められた作法があり、
その際は一言も喋ってはいけない。
坐禅だけでなく、食事等の行い全てが修行と考えられている。
私なら耐えられないなぁ。。。
そんなに自分自身と向き合いたくないし、何かが見つかる気がしない。笑

南禅寺
このひたすら自分自身と向き合う禅では、生きるために必要最低限のものしか求めない。
派手や贅沢を戒め、シンプルで質素な生活を送ることを良しとしました。
禅の生き方や考え方が鎌倉時代の武士の価値観と合い、
武士だけなく庶民にも広まり普及しました。
その結果、禅の精神性が日本文化に溶け込み、茶道、華道、書道、剣道等、道がつくもの、
能や水墨画、建築や枯山水の石庭等が生まれました。

大徳寺 高桐院
なるほど。
禅寺のシンプルな雰囲気は禅の精神性に基づくものだったのか。。。
実は禅寺って質素すぎて見てて面白くないなぁって思うことが稀にあったのですが。笑
禅の精神性を表現しているとなれば、禅寺の観光の仕方も変わります。
深い。。。深すぎるぜ

私みたいに本だけで読んで知識を深めるだけでなく、
実際に禅寺に行って坐禅を体験してみるとより禅を理解できそうです。
。。。あと精進料理とか食べてみたいですね 笑

銀閣寺
いや。
お茶も茶菓子も食べたいですね。笑
なんて雑念だらけや。。。汗