こんにちは。
この言葉を、挨拶の言葉にした理由。
ひとにはそれぞれ自分の時間があって、
それぞれ違う各々の時間がきっとある筈、、、。
今、起きたひともいるだろうし、
今、歯を磨いて寝る準備をしているひとだって
いるでしょう、、、。
だから、時間が限定されないWeb上の挨拶は、
こんにちは。
ということで、僕の収集癖の中には、
時間を計る「機械」の時計集めというのがあります。
でも、自分でもこの収集癖には、どうにも納得出来ない
まず、時計にとって時間なんて正確なことは当たり前な
ことであって、「時間に正確」以上の性能も機能もないこと。
なんか、難しいことを書いてしまった気がしますが、
要は、同じ「機械もの」のカメラやスマートフォンは新型が
出る度に、新機能・新機構・新技術が入って来ますけれど、
時計って「ジュネーブショー」だ「SHH」だ言っているけれど、
それがないじゃん![]()
っていうことなんです。
「時計型iPad」とかそのジャンルに入って来て、それこそ
それが未来の時計だということになるのでしょうが、
「巷の時計好き」も売る側の「アップル」もあれらの新商品を
時計という「位置づけ」でとらえていなくて、あくまでも
アップル コンピューターのマイクロ化、ちいさな端末と
思っているところがオモシロイ![]()
です。
また、そろそろ何が言いたいのかわからなくなって
来ましたが、僕ら時計好きというのは、極めて当たり前過ぎる
「正確な時を刻む時計」という最低限の機能しか「趣味の時計」
には求めていなくて、あとはデザインとか、成り立ちとか、、、、
風情とか、雰囲気とか、、、感じとか、フィーリングとか、、、
そういう理屈ではない、感性みたいなところに、、、
きっと膨大なお金と時間をかけていると思うのです![]()
![]()
。
自分でも何故なんだかわからない趣味で、
時に、「時計にまったく興味がないひと」がとってもうらやましく
なったりしています。
そうすれば、
「お金も時間もムダにしないのになー」って。
冒頭の作文で、
ひとにはそれぞれ自分の時間があって、
それぞれ違う各々の時間がきっとある筈、、、。
という言葉を書きましたが、ちょっと訂正したいです。
ひとにはそれぞれ自分のお金と時間があって、
それぞれ違う各々のお金と時間がきっとある筈、、、。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。



























