どうもこんにちは。もののふです。

 

大自然の中お祈りしてきて、

参拝帰りのバスの中で書いております。

 

 

熊野本宮大社。

 

 

初めての参拝でした。

 

 

 

今までのお礼をさせていただき

今後の方針報告、またお祈りをさせていただきました。

 

 

 

 

 

僕にとって神社参拝とは、

「人生そのものに感謝する」ということです。

 

 

・・・どういう意味かわからないですよね笑

 

 

そもそも神様がいるのか

とか

祈ったら叶うのか

とか、みんな気になると思うんですが、そういうのって実はどうでもよくて

(とはいっても、気になるんですけどねw)

 

 

大事なのは、「神様がいるとしたらどう生きるか」だと思うんです。

 

 

そうすると、やっぱ人を傷つけるようなことできないし

罰当たりなことしたくなくなりますよね。

 

それに、「神様が守ってくれる!」と信じれば

不安な未来も、恐怖も、案外乗り越えられる気がしません?(あ、もちろん”行動ありき”ですよ)

 

 

別に神様がいないって前提で生きても良いんですよ。

 

結局大事なのは、「善なる生き方を貫くこと」なのであって

神様がいようがいまいが、善なる生き方をしていけば良いのです。

 

 

 

ですが僕は、(あくまで考え方として)

「我々は神様がお造りになったストーリーの中で生きている」

と、信じています。

 

例えば僕が今日参拝したのも、神様の作ったシナリオ通りの結果なのであって

そこで得た教訓や学びや気づきや感動が、きっとこの後の人生に必要なものなんだと思っています。

 

 

つまり、我々は神様の作るストーリーの中の登場人物なのであって

その配役を演じてるに過ぎない・・ということです。

 

 

 

 

 

 

・・って書くと

「てことは、人生って生まれた瞬間から全部決まってるってこと!?」

という話になってしまうんですが、

 

そうかもしれない・・とも思ってます。

 

この世の中に偶然なんて存在しなくて

全てが必然だとしたら・・もしかしたら全部決まってるのかもしれません。

 

 

 

ですが、僕はどちらかというと

「今この瞬間とる選択肢によって、未来も過去も変えられる」

という考え方の方が強いです。

 

 

もし今、このアメブロを書いていなかったら

僕はこの先、最高の出会いに恵まれてないかもしれません。

 

ですが逆に、このアメブロを書いていたら

この先、最高の出会いに恵まれるかも・・

 

 

そうやって、今この瞬間の選択をどう紡いでいくか。

ここに、この先の未来とこれまでの過去が集約されてると思ってます。

 

神様的にも、何か選択する度に

「お〜そうきたか。じゃあこういう展開にしてやろう」

毎秒毎秒調整しながらストーリーを作ってるんじゃないかな〜って。

 

 

 

 

 

 

なので、毎秒毎秒考えてることって

「どうしたら神様が喜ぶ選択できるだろうか?」

になるんです。

 

その方が、そりゃあ応援されて良いストーリーになっていきますからね。

 

 

 

神様がいるかいないかとか

そういうのどうでもいいんですよ。

 

 

 

・・・っとまぁ

今日参拝して、改めて「いないとか逆にあり得ない」くらいの感覚になりましたが笑

 

 

 

 

 

 

 

熊野大社に参拝しようと思ったのも

僕の中で、「全部一から始めよう!」と思うようになってのがキッカケです。

 

今まで積み上げてきたものとか

全部捨てよう!って別に言ってるわけじゃなくて

 

過去の出来事の延長線上で生きず

過去に執着せず

 

今この瞬間に生きよう!

そして新しい未来を作っていこう!

って、思ったのがキッカケです。

 

 

熊野大社のストーリーをうまく表してる漫画に

「RIN」という漫画描く系漫画(ややこしい)があります。

 

 

バクマンってジャンプの漫画とちょっと似てるんですが

THE熊野!って感じの作品なので、行きのバスで4巻くらいまでkindleで読んで行きました。

 

 

 

 

 

 

主人公が今まで描いてきた漫画を全部取っ払って

新しい漫画に着手するシーンがあるんですが

 

まさにそんなイメージです。

 

 

これを、毎瞬やっていきたいなって思ってます。

 

もちろん、その瞬間瞬間でやることコロコロ変えてたら、それこそ何も成し遂げられなくなっちゃうのですが

「もうそろそろ次のステージ行くべき!」ってタイミングで、人って過去にすがってしまったりするものです。

 

過去にすがってた方が楽だし安全だし、面倒臭くないですからね。

 

でもそれじゃ面白い人生歩めないなって。

 

 

 

ゆーて3ヶ月ですが、介護の仕事を退職し、新しい人生を歩もうとしてるタイミングです。

 

全く先の見えない真っ暗闇そのもの、です。

 

 

 

だからこそ、RINの主人公のように

全く新しい人生をカラっと始めていきたいな〜って、そう思っています。

 

 

ご祈祷後にいただいたおみくじに書かれていた内容は

非常に耳に痛い、そして「まさに今の自分のテーマやん」って内容でした。

 

心に留めて、大事にして、

一歩ずつ前に進んでいきたいと思います。

 

 

 

 

 

鳥居に圧倒されましたが、

この広く大きい御心のように、壮大な器を自分の中に作っていきたいです(`・ω・´)

 

 

 

 

 

 

温泉は時間的に行かなかったんですが

ちゃんと美味しいご飯や観光も楽しんできました♪

 

 

 

 

熊野牛?らしいです…!

 

 

 

八咫烏。

 

 

 

本宮前。

 

 

 

 

 

 

 

またいきますねっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。もののふです。

 

僕は昔から漫画や映画など「想像上」の世界にどっぷり浸かるのが好きで

そのストーリーに登場するキャラクターに共感し、憧れを抱き、勝手に好きになるタイプでした。

 

特に小学生の頃から好きなのは、漫画『NARUTO』です。

 

当時スイミング?に行った時、とある友人のお母さんから

「NARUTOのカードが入ったお菓子(コンビニで売ってるやつです)」

をいただき、それを開けたら「自来也」のカードが入っていて

 

「なんか、自来也って良いな」

 

っていう、謎の感覚を抱いたことをキッカケに

NARUTOのアニメを視聴し始めたのです。

(その時は確か、音の四人衆と対決する場面でしたね←わかる人にはわかる。)

 

それ以来、NARUTOの世界観にめちゃくちゃハマり

TSUTAYAでDVDを借りまくり、一気に見たのを覚えています。

 

同時に漫画も古本屋で購入して

気づいた時にはもう、「NARUTO大好き小僧」が出来上がっていました。

 

中でも特に好きだったのは

「うちはイタチ」というキャラクターで

毎回登場するたびに

 

「イ、イタチは今回何を考えてるんだろう・・」

 

「つ、つええ・・頑張れ!」

 

みたいな、心の応援をしていたのを覚えています。

 

作品の中でも最強キャラだったイタチ。

無口で影があり謎でよくわからなくて・・

 

でも最終的に、「究極の愛」を表現する。

そんなうちはイタチに、僕は途轍もない憧れを抱いてこれまで生きてきました。

 

 

人が見ていないところで、

たとえどんなに自分が嫌われようとも

 

誰よりも大切な人のことを思い

影ながら支え、気にかけ、助け、

最終的に、自分の出来る最大限の愛を表現する。

 

 

これほど美しい生き様(死に様)があるでしょうか・・・

って、しみじみ思います。

 

 

 

 

「憧れの人」

 

 

って、漫画とか映画の中だったらポンポン出てくるんですけど

現実世界で、「この人に憧れる!」「この人みたいになりたい!」って、あまり思えないものですよね。

 

少なくとも、僕はこれまでの人生で

「うわああ!この人みたいになりたい・・!!」みたいな思いに中々なれない人生でした。

 

ダンスをしていたので

「こういうダンスできるようになりたいな」

とかはたくさんありましたが、

 

この人の生き様かっこいい!こういう風に生きたい!

とは、あまり思えないというか・・。

 

もちろんみなさんそれぞれ良いところがあるし

尊敬する部分あるし、自分まだまだだなって日々痛感させていただくわけなんですけど

 

もう、無条件で

「この人かっこいい!!!美しい!!!こうなりたい!!!」

みたいな人は、あまりいませんでした。

 

 

ところが、昨年10月に大阪府枚方市に引っ越してきて

その場にいる様々な方と接し、話を聞き、生き様に触れていく中で

もう逆に、「憧れしかない」くらいの感覚にいる自分がそこにはいました。

 

 

「すごい!こうなりたい!」

 

 

心の底から尊敬する方々が、もうあちこちにいて

なんと贅沢な日々を送らせてもらっているんだろう・・。としみじみ思っています。

 

 

 

 

 

 

「か、かっこいい・・・・」

 

 

 

中でも、今日の憧れは

僕の心に、深く深く深く刻まれた、

かけがえのない、暖かく、柔らかな、憧れです。

 

 

いつものコーヒーショップで勉強していた時、

 

 

スッ

 

 

って、横から何かを差し出してくれる手がありました。

 

 

「なんだろう?」

 

 

と思って振り返ってみると、そこには、

僕が「百人一首」を好きになり、「古事記」を好きになり

 

「「日本」」を好きになったキッカケの方がいらっしゃいました。

 

 

 

小名木善行先生。

 

 

「よかったらどうぞ。」と、イアホンつけてスマホに集中してる僕に、

笑顔でみかんを差し出してくれました。

 

即座にイヤホンを外し、即座に動揺を打ち消し

心からの笑顔で、「あ、ありがとうございます…!!」と伝え、遠慮なくいただきました。

 

 

 

「べ、勉強どころじゃない。」

 

 

その後すぐにメモ帳を取り出し

「なんてすてきなかたなんだ!!!」と、まともに漢字も書けないような心の状態で、素直な思いをそこに表現しました。

 

 

イヤホンを外したコーヒーショップには、

小名木先生の力強く明るい声で、その場にいるみんなが笑顔になっている…そんな空間が広がっていました。

 

全くお話したこともなかったし、他の方との面識もない僕ですが、

自然と笑みがこぼれ、気づいたらその場の一員として心を開いていたのです。

 

 

 

 

 

頭の中で高速で言葉をまとめて

隙を見て、直接小名木先生に話しかけに行きました。

 

 

「みかん、美味しかったです…!ありがとうございます!」

 

 

それから、百人一首の本を読んで本当に感動したこと、いつも動画を拝見させていただいてることを伝え、精一杯の感謝を伝えさせていただきました。

 

 

 

 

すると、まるで前から会っていたかのように、ものすごく自然体で

様々なお話をしてくださいました。

 

 

「この方は、どんな人にも変わらず真剣に接してくださる方なんだな・・」

 

 

と、肌で感じました。

 

そして、話し終わった後の小名木先生の笑顔を見たときに

 

 

「なんて、かっこいいんだ・・」

 

 

と、感じたのです。

 

 

 

 

小名木先生の本。これからももっと学ばせていただきます…!

 

 

 

ちなみに小名木先生は「ねずさんの学ぼう日本」というブログを毎日更新しており

その内容が、もう、日本大好きになるものばかりなので

「まだ見たことがない!」って人は最新の記事だけでも、ぜひ見ていってくださいね。

 

ねずさんの学ぼう日本

 

 

 

 

 

 

 

かっこいい大人。

 

どんな人にもかっこいい部分ってあると思うし

「この人はかっこいい!」「この人はなんか違う」

とか、人によって態度を変えちゃう自分もいるので、直していかなきゃな~とは思うのですが、

 

やっぱり、本当に心の底から「かっこいい!」って思える人って

その「かっこいい!」と思う瞬間以外の部分で、めちゃくちゃかっこいい生き様を貫いているからこそだと思うんです。

 

そういう人は、「なんかよくわからないけどかっこいい」し

「理屈抜きな無条件のかっこよさ」こそ、男として究極目指したい理想であります。

 

そういう意味でも、

日々の仕事に嫌々じゃなくちゃんと取り組む姿勢って大事だと思うし

目の前の人に対して、全力でエネルギーをかけていく姿勢を、ちょっとずつ習慣化していきたいもの。

 

 

今朝は掃除屋のアルバイトをしてきましたが、

そこにいたおじさんやおばさんに対して、自分がどんな表情でどんな接し方をしたか。

小名木先生に対しての接し方と、どんなに違ったか。

 

思い返すと、「まだまだだな」と本当に思います。

 

 

掃除のバイトは仕事における「丁寧さ」を磨く修行場として最適だし

これからもっとエネルギーかけていきたいと思うのですが、

 

それと同時に、「人との接し方」も鍛えたいものです。

 

どうしても、目の前の人をステージの高さで判断してしまう。

変な色眼鏡を通すのではなく、ちゃんと肉眼で真正面から目の前の人と向き合う姿勢を

これから、がっちり身につけていきたいものです(`・ω・´)

 

 

 

 

・・・と、まぁ

何が言いたいかというと

 

 

「小名木先生、かっこいい!」

 

 

ということでした。(笑)

 

 

これからも、ブログやYouTube、講座に参加させていただきたく思っています。

 

本当に、ありがとうございました。

 

 

 

 

PS.

 

 

小名木先生と話し終わった後、ふと先生のカバンに目を向けたら

そこには、いくつものみかんが入っていました。

 

「か、かっこいい・・」

 

また一つ、美しき神話が心に刻まれました。

 

こんにちは。もののふです。

 

僕は今介護施設で働いており、かれこれ3ヶ月間ひたすら自分より4回りくらい歳上の方々の世話をする…ってことをしていたのですが

そろそろ、終焉の日が近づいてきました。

 

普通のアルバイトと違って、お客様と『直』で接し、『当たり前』を助け、『命』と向き合うことのできるこの仕事は、かなり成長の場として持って来いだなと思います。

 

イメージ通り、とてもキツイ仕事です。

 

ですが「生きる本質」を学ぶ上で、この上ない優秀なお仕事に当たるんじゃないかな~と思います。

 

やって良かったなと心からそう思います。

(キツイっすけどね!)

 

 

この3ヶ月間でストーリーも沢山生まれたんですが、

今回は「場のエネルギー」の視点で語りたいと思います。

 

僕は、とあるコーヒーショップで毎朝勉強してから電車に乗って出勤します。

 

そのコーヒーショップはとても空間が軽く

綺麗で神秘的で、もちろんコーヒーがバリくそ美味しいところなんですが、

まるで空間からエネルギーをチャージして、仕事に向かう…ってことを日々やっております。

 

スピリチャル的にいうと、そのコーヒーショップはめちゃくちゃ波動(エネルギー)が高いんだと思います。

 

エネルギーの高い場で1日を始められるのは、とても清々しいものです。

 

 

 

 

 

出勤タイムが近づいたら、コーヒーショップを出て、電車乗ってバス乗って、介護施設に向かいます。

 

介護施設に着いて、靴を室内履きに履き替えて

そして玄関のドアを開けると・・・

 

 

( ;∀;)

 

 

なんか、こう、ズンとくる何かがきます。

よくわからないけど、コーヒーショップに入った時とは正反対の感覚です。

 

しばらくは大丈夫なんですが、だんだん時間が経つにつれ、

どんどんエネルギーが吸い取られていくような感覚に…。

 

 

んで、今日の担当フロアを確認し、

利用者さんが実際にいらっしゃるルームに向かいます。

 

エレベーターを降りて、ルームに入った途端…

 

 

 

( ;;;;;;∀;)

 

 

 

はっきり言って、さっきとは比にならないくらいの

ものすごい重い空気が立ち込めています。

 

匂いもなんか、変です。おそらく、ちゃんとお尻吹いたり掃除してない人達が集まってるから異臭がするんだと思います。

 

空気が重くて、匂いが臭くて、

最初の2時間くらいはコーヒーショップのエネルギーで持ちこたえるんですが、

徐々に限界がやってきて、どんどん眠くなっていって、疲れてきて、

 

仕事が雑になり、面倒臭くなり

「早く帰りたい」モードになります。

(5時間経過した辺りから、眠気がピークになります。)

 

 

まぁなんとか乗り切って、

施設を出た瞬間…

 

 

「やっと、回復した」

 

 

って、なります。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、僕の通っている介護施設はめちゃくちゃ場のエネルギーが低いです。

そこにいるだけで、どんどんエネルギーが吸い取られていく感覚もあります。

 

原因は色々あるでしょうが、

やはり、歳が経つにつれてエネルギーは低くなるものなだろうな~って。

 

高齢者があれほどいて、一切ストレスのない生活なら良いけど

多くの利用者さんは不満を垂れ流し、「帰りたい」という願望を持ち続けています。

 

 

 

そして、利用者さんはみなさんそれぞれ「お部屋」を持っているのですが、

A木さんというおばあちゃんの部屋が、もうエゲツないです。

 

布団の上にゴミが散らかっており

昔のお菓子や何かの道具

使わないタオルが散らばってたり、飲み物も変な色をしていたり・・

 

匂いも、独特の異臭がします。

 

 

A木さんは、介護レベルも高く

自分一人では何もできない系の方です。

 

なので結構呼ばれてり、お世話することが多いのですが・・

 

 

お部屋のごちゃごちゃ感と相似て

ものすごく、ごちゃごちゃした人です。

 

すんごいうるさいです。

いろんなことに口を出します。

 

「これがダメ」

「ここが痛い」

「こうしろ、ああしろ」

 

声もまともに発せないレベルなので

正直、何言ってるかわからないです。

 

なので、適度に相槌を打ちながら、

なんとなく空気感から察知してコミュニケーションをとることになります。(どこの国の人と話してるやら・・)

 

A木さんと接すると毎回思うのですが、

ほんと、場のエネルギーはその場にいる人に大きく影響を与えます・・。

 

 

冒頭でコーヒーショップの話をしましたが、

そこに居る方は皆、どこか穏やかで空気が軽くて、笑顔が多い印象。

 

対して介護施設にいる人は、

どこか希望が抜けていて目の前のことにごちゃごちゃ考えている印象。

 

 

そこにいる人の表情と

その場の空気感が、シンクロするのです。

 

 

だからほんと、場のエネルギーってすごいな~って重要だな~~~って思います。

 

 

 

と、いうわけで

 

本邦初公開。我の自宅の『場のエネルギー』を感じてみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

前に比べたらほんとマシにはなったんですが、

こうやって写真撮るとわかるように、結構ごちゃついてますね(苦笑)

 

まぁ、狭いというのもあります。

 

ワンルームでものすごく狭いところに住んでるので

ある程度仕方ないのですが。。

 

 

やっぱりもっと、整理整頓して

ダンボール捨てたりとか、モノの置き場を考えたりとか

色々できることはあるな~って。

 

 

 

自分の部屋ってそれこそ『場のエネルギー』の最たるものだと思うので

今一度見直したいな~と思います。

 

 

 

 

では、今日はこの辺で。

ありがとうございました!

 

こんにちは。もののふです。

 

突然ですが

もし「令和よくわからない奴選手権」が開催されたら、僕は割と良いところいけるんじゃないか?と思います。

 

自分で言うのもアレですが、よくわからないです。

 

わからなすぎて、自分でも掴めません。

なので、「何やってんだこいつ…」という目で見られるの覚悟で今日も筆をとります。

 

 

 

…とその前に。

 

今朝掃除バイトをした後シロフクコーヒーへ行き

「生きがい」とも言えるフレンチトーストを頂いてきました。

 

 

 

幸せすぎるくらい美味しかったです。(語彙力)

 

 

 

 

 

価値観正反対の、店長現る。

 

 

 

去年の冬頃から、電車で30分程度のとあるミニカーショップに足を運び

「店舗ボランティア」をさせていただいてます。

 

きっかけは

「もっと多くの人と交流しよう!関わろう!」

と思い立ったことです。

 

まぁ、仕事柄(介護職してます)いろんな人と関わる業種ではあるんですが

これからビジネスを通じて多くの人を感動させ、人生を通じて最高の作品を作る身として、

「もっといろんな人と関わって世の中を知ろう…!」という思いがフツフツと湧いてきたので、ジモティーの募集項目から参加してみたんですね。

 

ミニカーショップの店長は、40歳くらい?の男性で

(ごめんなさい)僕のあまり好きではない喫煙者でかつ、結構尖った方です。

 

そして今日気づいたんですが、価値観が『『『真逆』』』です。

 

まぁ、もちろん、人間なので重なる部分もあるんですが…

基本的に何か主張すると、僕は全部正反対の考えを持ってたりします。

 

年齢的にも人生の先輩なので、「なるほど」「勉強になります」といった姿勢で接するのですが…

なにぶん、正反対すぎて素直に「うん」と言えないのが辛いところです。

 

 

価値観の違いとしては

 

僕が「日本的」なのに対して

店長は「西欧的」です。

 

なので正反対という表現をあえて使いました。

 

 

店長:「日本人は細かくてダメだわぁ~。アメリカだったら路上喫煙くらい普通にあるぞ?みんなポイポイ捨ててるんだし、良いと思うけどなぁ。」

僕:「な、なるほど…。(いや、そもそもタバコ吸う時点で僕の適応外なんですけど…)」)

 

 

まぁ・・タバコ吸うことを否定するわけじゃありませんが

正直、あまり関わりたくないな、とは思います。

喫煙室で勝手に吸ってもらうのは構わないんですが、飲みの場で吸い出す人がいると「イラッ⭐︎」っとするし、喫煙者あるあるの「タバコ吸うから待ってて」は、今世紀最大級にイミガワカラナイです。

 

 

なんか、店長のこと悪くいうみたいでそれはそれで嫌なんですが、

これから、ちょっと思ったことを話します。

 

 

 

 

店長とは、毎回結構深い話をします。

 

話のテーマは毎回「僕の人生相談」です。

 

恐らく、店長の心の中には「この若造に、いろいろ教えてやりたい。アドバイスしてやりたい。せっかく来てくれたんだから、何か得て帰ってほしい」があるんだと思います。話しててそう感じます。

 

最初はなぜか、「恋愛」の話でした。

 

店長「もののふ君、お前女の子ちゃんと口説けるか?」

 

僕「え、いやぁ…どうですかね」

 

店長「難しいだろうなぁ。そもそも女の子が男の何をみてるかわかるか?」

 

僕「え…ちょっとわからないですね。なんですか?」

 

店長「金や。」

 

僕「(・。・)」

 

 

絶対僕の価値観と合ってないことはわかってたので

あえて僕の恋愛観とか言わないようにしてたんですが、

まさかここまで直球で外してくるとは思いませんでした。

 

僕「なるほどぉ…。まぁ確かに多くの女性ってお金に寄っていきますよね。」

 

店長「そりゃそうやろ。月収15万の男と50万の男だったら、どっちを選ぶよ?生活できるかどうかが女にとっては一番大事なんだよ」

 

僕「まぁ…仰っることはわかるんですけど…」

 

 

店長の言ってることはわかるんです。

正論だと思うし、そりゃ金稼いでない男に多くの女性は寄ってこないでしょう。

 

ですが、まぁ、僕の恋愛観は全然違う、ということです。

 

 

店長「なんや?なんか不服そうやな」

 

僕「そうですね…!おっしゃることはわかるんですけど、僕の恋愛観は違うなって。」

 

店長「ほう、言ってみいや。じゃあ、◯◯君には何か女性にアピールできるセールスポイントとかるんか?」

 

僕「・・・ありますよ」

 

店長「なんや?」

 

 

何言うか結構考えましたが、

ここはもう、素直に言うことにしました。

 

 

僕「自信、ですね。」

 

 

「僕は別に顔もかっこよくないし、背も高くないし、お金も稼いでないし、恋愛経験が大してあるわけでもない。何もないんですよ。でも、それでも僕は自分を信じてます。

東京から職も一切無い中、このご時世で大阪来たのも一つの自信からかなって。」

 

 

結構、キリッ!っと決まったかな?と思ったのですが・・・

 

 

 

店長「自信なんて、別に必要ないやろ。」

 

 

僕「(・。・)」

 

 

まさかの、サラッと風がなびくように僕の名言はどっかに飛ばされてしまいました。

 

 

 

 

 

 

また、これもまた「ちょっと酷いなぁ」と思うような会話がありました。

 

 

店長「お前、もっと頑張れや」

 

僕「そうですね…。わかりました。」

 

店長「ダンスやりたいんだったら、本場のカリフォルニア行ってダンスしてこいよ。散々な目に合うと思うけど、根性磨かれると思うぞ」

 

 

解説すると、

店長と出会った当初、「何か続けてることとかないのか?」と聞かれたので「ダンスしてます」と伝えたんですね。それをどう思ったか、僕がダンスに人生かけるつもりで取り組むべきだと思ったらしく、会うたびに「海外行って力見せつけてこい」と言われます。

 

まぁ実際、「ダンスで日本一になる」とか夢を抱いて練習してた日々もありますし、本気でダンスだけやって生きていこうと決意した瞬間もありました。

ですが、いろいろ学んだり経験していく中で、(もちろんダンス自体は続けていきますが)もっと世のため人のためになれる道はあるんじゃないか?自分がダンスをし続けるだけが社会貢献なのか?ダンスに打ち込む人生が進むべき道なのか?を考えるようになり、

 

もう少し視野が広がったのです。

 

なので、今は「ダンスを上手くなって世の中に見せつけ、認められること」は目指してません。強いて言うなら、「ダンスを通じて世界観を表現して感動を与えたい」とか「ダンスを通じた新しい教育方式を作り出したい」とかいう思いはありますが・・。

 

自分が認められるためにやるダンスは

今の僕には、もう興味ありません。

 

 

なので・・・

 

 

僕「確かに、会社やめて独立した当初はダンスでやっていくと決意しました。でも、実際にお金を稼がなきゃいけない現状にぶち当たったり、いろんな経験をしたり学んでいく中で、自分はビジネスの道に進みたいんだって思うようになったんです。」

 

店長「一言言っていいか?・・・お前、諦めるの早いよ。」

 

 

(いや、、、違うんだよ!!!確かに諦めてるのかもしれないけど、別にマイナスじゃないんだって!道を変えただけなんだって!!!!)

…と、言いたいのを堪え

 

 

僕「確かに諦めたんですけど、それで良かったと思ってるんですよ」

 

店長「お前なぁ・・。男なら一度決めたことはやり遂げるくらいじゃないと。今世間で認められてる音楽家だって10年20年やってく中でやっと認められてるんだぞ?50歳くらいなるまで続けるくらいの思いを持てよ」

 

僕「なるほど…。」

 

 

 

もちろん「認められたい欲」を否定してるわけではありませんが

今まで、「認められたい」を源泉に頑張ったことで大きな失敗を経験した身として、店長の言葉にどうしても「うん」と頷くことができませんでした。

 

 

店長に悪気がないのはわかってるので、決して悪い気はしないのですが、

どうしたものか。生き方のベクトルが真反対な方と一緒になってしまったなぁ~と。

 

これは、結構ばちばちするかもなぁ…って。

 

 

 

 

 

 

僕は、「認められたい」を源泉にせず

「誰かのために」を源泉に、日々考え行動していける人間が増えたら良いのになぁ~って、本気で心から日々思っています。

 

承認欲求に左右されない世の中づくりをするのも

僕の中にある大きな使命だとも思ってます。

 

認められたいが増幅した時、待っているのは

「依存」です。

 

このことは、ダンスをしていた時期に学びました。

 

 

大学時代ダンスサークルに所属し、

認められたい!他の人より上手くなりたい!という思いで

誰よりも多くの時間、練習しました。

 

みんなでご飯食べて、飲んで、

よ~しこれから盛り上がるぞぉ!ってタイミングで

 

「ごめん、これからレッスンだわ」

 

といって、ささっと飲み会抜けて21時からのレッスンに足を運ぶことも多々ありました。

 

その場の空気よりも

自分が練習して上手くなって認められることの方が、圧倒的に優先順位高かったのです。

 

 

結果、そこそこのレベルになりました。

 

 

自分で言うのもアレですが、周りから尊敬の念を示されることもあり、声援も日に日に大きくなっていきました。

正直、同じサークル内で「自分より上手い奴はいない」と思ってたし、そう思い込もうとしていました。

 

 

自分のダンスを見るのが大好きでした。自分のダンスが褒められるのが大好きでした。「すごい」って言われるのが大好きでした。

 

 

でも・・・

 

 

実際独立して、ダンスをしていく中で、気づいたんです。

 

「このまま進んでいても、本当に進むべき道はない」

 

って。

 

 

資本主義社会では、「誰かの人生を幸せにした人」がお金を稼ぐことができる。生活することができる。

そして、お金を稼ぐと言うことは素晴らしいことだ!ということにも気づいたのです。

 

もちろん、ダンスじゃあ誰かの人生を幸せにできない!って言ってるんじゃありません。

 

ダンスも立派な仕事だし、命かけて表現してるダンサーを見て感動するし、僕は今、ある意味その人達のために人生かけて日々活動しています。

 

本当にダンサーを尊敬しているんです。

 

 

ですが

 

 

僕は、「ダンス一本でやっていく」という道を取れませんでした。てか取りたくありませんでした。

 

 

ダンスをすると、どうしても

「”自分が”認められたいから、練習する」が出てきてしまうからです。

 

 

 

だから今は、「ビジネス」をしています。

今の僕は、”誰かのために”が優先されるステージに行く必要があるんです。

 

 

 

目の前の人の人生を変え、お客様を幸せにする。

そのために、今の自分は生きています。承認欲求に振り回されそうになる自分を抱きしめ、目の前の人のために、生きようとしてます。

 

 

 

これから先も、ダンスはやっていくでしょう。

 

ですが、そこには「上手い下手」を超えたその先にある、「人を感動させ、人生を変える」がないとダメです。もう、そういう道を僕は選んだんです…!!!

 

 

 

 

・・・

 

 

 

と、いうのが僕の頭の中にある「認められたい」に対する考えなのですが

こんなことを店長に話す気には当然なれず、「とりあえず置きにいく」ことで話を終えました。

 

 

 

 

 

 

店長の心の中には

「感謝」があります。

 

「アメリカでギター弾き語りをした」っていう武勇伝を語ってくれたとき、

 

「まぁ、自分一人の力でとは思ってないよ。本当に、支えてくれた人がいたからできたんだよ」

 

と、語っていたのを聞いて

 

「この人は、ちゃんと感謝できる人なんだな」

 

と感じたので、何度も心に「辞めようかな」が過ぎりましたが、やっぱ続けることにしました。

 

 

生き方の方向性が全然違うので、関わっても仲間になることは難しいんだと思いますが、

まぁ、仕事が余程忙しくなるまではちゃんと向き合ってやりきろうと思います。

 

 

 

 

ふぅ・・今日は結構長く書きましたね。

 

久しぶりのこんな長文な気がします。

 

 

 

ですが、なかなか面白い作品ができたんじゃないかな?どうかな?笑

 

と、いうわけで、今日は以上です。

 

ありがとうございました!

 

 

 

PS.

 

ミニカーショップに行った後、

通り道のとある大人のお店に足を運びました。笑

 

その時の体験レポートを

http://yu-artbusiness.net/pink-zyugyo/

こちらに書いたので、よかったら見てください(笑)

普通に結構下ネタぶっ込んでるし、表現変えてるとはいえアダルティーな内容嫌な人はご注意くださいませ(`・ω・´)

 

 

 

 

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昨日の失敗を引きずって今日を全力で生きれない…なんて

そんなヤワな人間じゃない!…と思いつつも

やっぱり、心のどこかで後悔してる自分がいる。

 

こんにちは。もののふです。

 

昨日、掃除のバイトを仮病して休んでしまいました。

「もう仮病とか一切やめよう!」

と決意したものの、ほんの1、2ヶ月で断念。

学生時代からずっと…ですね。消えない癖です。

 

面倒臭い

眠い

怠い

 

…など、ネガティブな想念が湧いてくると、(特に朝)

本来すべきではない選択を取ってしまいます。

 

もちろん、こんなこといつまでもクヨクヨしててもしょうがないので

改めて、決意し、宣言します。

 

 

「「「もう、仮病なんかしない!」」」

 

 

そう、神様にも宣言します。

 

 

そして、もう一つ大事なこと。

 

これは、とある「おみくじ」を今日たまたま引いたら書いてあったことなんですが、

 

 

『失敗した時は、”反省”するんじゃない。

 

そっと胸に手を当て、”感謝”するんだ。 それだけでいい。』

 

 

まさに、天からのメッセージかと思いました。

 

 

「「「仮病させていただき、本当にありがとうございます。

そのおかげで、改めて仮病が良くないものだと気付きました。

それに、仮病した僕を雇ってくれる会社があることにも、感謝することができました。

本当に、ありがとうございます。」」」

 

開き直って、

 

「別に仮病くらいよくね?」「そのくらい誰だってやってるしよー」

 

って、失敗から目を背けるのは違うけど、

ちゃんと”感謝”に変換して、もう一度挑戦すれば良い。

 

 

さぁ、次こそは!って感じで。(笑)

 

 

ある意味これが、復活力…といわれるものですかね。

また一つ、力を身につけたかなと思います。

 

 

 

 

 

今日は、介護のバイトにてちょっと面白いことがありました。

面白い…というか、「さすが介護!こんな経験できるんだ!」って話です。

 

 

施設に向かう道のり

 

 

とある利用者さん(Hさん)の排泄を手伝いながら、コロナについて雑談してたんです。

 

Hさん「コロナ大変やね~」

 

僕「ですね~。大統領も変わったしね~」

 

Hさん「大統領変わったのかい!中国といざこざ起こしてるのかい」

 

僕「まぁ、結構大変なことになってますよ(苦笑)」

 

Hさん「あらまぁ・・戦争なんか起こってほしくないねぇ・・」

 

介護施設の利用者さんはみんな「戦争経験者」です。

ここから始まったのですが、戦争について、30分近く話すことになりました。

 

Hさんは度々「戦争は嫌わぁ」と仰るのですが、どうして嫌なのか?を失礼ない程度に、スタッフ権限を使って聞いちゃいました。

 

 

 

 

Next Tribeという歴史の講座をオンラインで受けていて

ほんと多少…ですが、戦争についての前提知識はあると思ってました。

 

ですがあれですね、やっぱ実際に話を聞くと

 

「俺、全然戦争のことわかってねえええええ」

 

ってなりますわ。うん。

 

 

その方はお兄さんが3人共「召集令状」によって出兵することになったらしく

その当時のことを語ってくれました。

 

家族が赤札を受け取った瞬間は本当に辛かったらしく

なんとか逃げようとしたけど、捕まるから結局逃げれない…みたいな状況だったらしいです。

 

もちろん「お国のために戦争できるのは誇り高きことだ!」って人もいたみたいですが、

やはり、多くの国民は「戦争なんて嫌だ、戦場に行きたくない」の考えだったみたいです。

 

幸いなことにお兄さん3人共戦争せずに、無事帰ってきたみたいで(出撃する前に、ポツダム宣言を受諾したとのこと。)本当にあの時は嬉しかった…とのこと。

 

大阪住んでたから、原爆被害も結構受けたみたいで、

大好きだった映画館が潰れたり、住宅も一切ない焼け野原。

そんな状況の中、女性は特に職探しが大変だったみたいです。(主にドカタだったらしい)

 

当時の情報収集はラジオだったみたいで、

玉音放送を聞いた時は、みんなで正座をして、本当に嬉しかった…と仰っていました。

 

 

 

 

 

なんだろう。

 

 

正直、聞いた話、知識としては全部知ってたっちゃ知ってたんですよね。

 

どういう心境だったか?とか

どんな背景があったか・・とか。

 

学ぶ中で、ある程度知ってたんですけど・・・

 

 

やっぱり、全然知らなかったな~って思うんですよ。

 

 

どういうことかというと、

 

本当に、目の前に戦争をリアルタイムで経験されている方がいて

その方が、当時を思い馳せながら語ってくれた”言葉”って、全然重みが違うということです。

 

 

話してる時、Hさんの心の中には、確実に、その当時の風景が思い描かれている。

そしてそのHさんの心の半径1m近くに、僕の心がある。

 

心と心が共振し合ってる状態の中伝えられる言葉って、

物凄い重みがあるし、深く刻まれるんですね。

 

 

戦争に対して、時空を超えて

一気に臨場感が湧いた気分です。

 

 

 

 

 

あと20年もしたら、本当に「戦争経験者」の生の声が聞けなくなってしまう。

 

「歴史の教科書に出てくるお話」になってしまう。

 

 

だからこそ、今の自分にとって

生の声を聞くというのは、本当に価値のある経験でした。

 

自分のおじいちゃんおばあちゃんとも話して、

もっとちゃんと聞こうかな?とも思うようになりました。

 

 

それが日本人として、

今の世代を生きる若者として、

まず最初に、するべきことなんじゃないか?とも思います。

 

 

 

と、いうわけで、

今日は「戦争体験談を聞いたお話」をしました。

 

介護の仕事をしていてよかった!と思った1コマです♪

 

 

では!

ありがとうございました!

 

 

 

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