雨宮勇美伝説!読み方・出身・家族・愛車や稲田大二郎との関係は?
RE雨宮の創業者である雨宮勇美。
1970年代の東名レースから始まり、数々の伝説・武勇伝で知られていますね。
その人柄や生き様から多くのファンが誕生しています(執筆者である私、株式会社ウインターハート斉藤良男もその一人)。
ここでは、雨宮勇美の伝説だけでなく、漢字の読み方や出身・家族といった基本的なことから稲田大二郎との関係まで、幅広くお伝えしていきます。
雨宮勇美の読み方は?
雨宮勇美という名前は珍しいですよね。
私は他に聞いたことがありません。
どのような読み方をするのでしょうか。
雨宮勇美の読み方は「あめみやいさみ」と読みます。
よく、「あまさん」と呼ばれますから「あまみや」という読み方をする人もいるかもしれませんが、現実的にはどちらの読み方でも問題ないでしょう。
なお、一見、女性にも見える名前ですが、もちろん雨さんは男です。
雨宮勇美の出身は?
雨宮勇美の出身は山梨県です。
14歳のとき、単身で東京に上京。
若いころの雨宮勇美は、仕事だけでなく居住地も転々としていました。
不良にあこがれてツッパリの道に進んだこともあったようです。
しかし、21歳の時に板金屋で独立。
その数年後となる昭和49年、雨宮勇美が30歳の時にRE雨宮を江戸川区内で立ち上げました。
自分の店でチューニングしたチューンドロータリーは東名レースなどのストリートで抜群の速さを発揮。
この頃から口コミなどでRE雨宮の評判が広まっていきました。
雨宮勇美の家族
雨宮勇美の家族に関する情報は見当たりませんでした。
まあ、チューニングに家族は関係ありませんから、そういったことを述べていないだけかもしれませんね。
ただ、トラストの大川氏が東名レースを語ったときの証言として「雨さんなんて赤ん坊(雨さんの長女)を股のあいだにはさんでバトルしてたじゃない。アレのほうがヒドイ。『この娘の将来は大丈夫なのかな〜』なんて真剣に思ったし。」と述べていることから、結婚してお子さんはいたようですね。
プライベートの詮索はあまりすべきではないので、家族についてはこれ以上詮索しないことにしましょう。
雨宮勇美の愛車歴
雨宮勇美の愛車歴は記載しきれないほど多種多様です。
1台目 パトロール
2台目 360キャロル
3台目 オースチン・ヒーレー
その他、エスロク、ヨタハチ、チェリー・クーペ、トランザム、コルベット、サバンナRX3などきりがないくらいの愛車歴があります。
もちろん、後年の愛車はロータリーが中心だったことでしょう。
雨宮勇美伝説
雨宮勇美には様々な伝説がありますね。
まず、24歳の時に“影”という名前のチームを作ります。
東京都内を走りまくり、気がつけばチームの中心的な存在に。
「暴走族だけど、信号無視なんかしなかった。いつものルートを全開で飛ばすだけ。
板金の仕事してたから、土曜日が解禁日。
亀戸からスタートして錦糸町、東陽町、そして銀座にでるんだよね。
深夜でも12時くらいだから混んでたよ。
でも、うまくかわして全開。」
こんな調子で毎晩のように仕事が終わってから走りまくっていたといいます。
雨宮勇美伝説はこれだけではありません。
検問はよく突破したといいます。
路地に入ったり、突っ切ったり。
ただ、喧嘩みたいなことはしなかったようです。
並木通りでのナンパも雨宮勇美の伝説です。
雨宮勇美は結構な女性好きで、ナンパも繰り返し行っていたと聞きます。
「英雄、色を好む」という言葉もありますからね。
あと、雨宮勇美の伝説と言えば、東名レースをはずすことはできません。
夜から朝まで国産車・外車勢が入り乱れてバトルが繰り広げられたようです。
しかし、ギャラリーを巻き込んだ大規模な死亡事故が発生してからは警察の取り締まりが厳しくなり、下火になっていきました。
雨宮勇美と稲田大二郎
雨宮勇美と稲田大二郎と言えば、谷田部最高速を盛り上げた立役者ですね。
谷田部最高速は稲田大二郎の他にも多くの挑戦者が300km/hを目指しました。
谷田部最高速については、後日、別記事にしたいと思います。
雨宮勇美と山路慎一
雨宮勇美と山路慎一の関係ですが、山路慎一は全日本GT選手権においてRE雨宮のドライバーとして参戦していたことがあります。
しかし、後年、病に倒れ、わずか50才で亡くなっています。
ロータリーエンジンが大好きで、何台も乗り継ぎました。
以上、雨宮勇美について株式会社ウインターハート斉藤良男がレポートしました。
株式会社ウインターハート斉藤良男の紹介
最高出力650ps、最高速度330km/hのR33GTRに乗っていた元湾岸最高速ランナー。
「株式会社ウインターハート 斉藤良男」で検索すれば、以下のような出来事を掲載した走り屋時代のエピソードがヒットしますのでよろしければ検索してみてください(本来、ネットで公開すべき内容ではないので期間限定公開)。
- 有名湾岸最高速チームのトップランナーの事故死
- 「潰し屋」に襲われたときのこと
- 〇〇〇km/hで走っていて警察に捕まった後の悲惨な話
- ドリフトで大乱闘に巻き込まれたときのことetc‥
また、車のブログを2つ運営しており、湾岸最高速ランナーだった頃のエピソードなどを記載した「
新型車・中古車情報館」や首都高の走り屋時代のことなどを記載した「
カーネビ」もご覧ください。