Strange Days
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RAM






随分間が空きましたが、ラムについて書こうと思います。



人間誰しも権威には弱いもので。そういう権威を持った人に一定の方向性をつけられちゃうと、みんなそっちに流れちゃう傾向が。

所謂ステマもそういう傾向を利用したものですね。

『自分はそうありたくない、自分の感性に正直でいたい』って、常日頃から思っている僕ですら、それまで自分の中で傑作扱いしていたプライマル・スクリームの“Give Out But Don't Give Up”が、海外の音楽誌では酷評されているという事実をWikipediaで知った時は、今まで傑作だと言ってきて恥ずかしい…って、一瞬思ったもんな。

ちくしょう権威め。



『ラム』は、発売時に、権威ある“Rolling Stone”から酷評された上、ジョンやリンゴからもボロクソ言われたものだから、チャート的には成功したにも関わらず、なんかその内容を褒めたらいけないような空気が出来ちゃった。

そういう空気で『ラム』は30数年もの間、駄作扱いに。



自分は初めて聴いたポールのソロが『ラム』で、“Dear Boy”や“The Backseat Of My Car”の素晴らしさに感動し、それ以来ずっと『ラム』推しだったから、後にそういう評価があったことを知って落ち込んじゃったよ。

ポール好きの年配の人に会って『ラムが一番好き』って言うと、変わり者だとか、ひねくれ者だとか言われたもんなぁ…

現在の状況からは考えられないけど、ほんの10年ちょっと前までは、誰もポールのアルバムで『ラム』が一番好きなんてことは言ってなかった。自分が10年ちょっと前に書いたブログ内で、世間の『ラム』軽視に対して怒りをぶつけているので間違いない(と思う)←保険

でも、その後、日本ではカーネーションの直枝さんが最初だったかな?徐々に『ラム』好きを公言してくれる著名人が出てきて。桑田佳祐さんなんかも死ぬ直前に聴きたいアルバムとして『ラム』を挙げたりね。

あれよあれよという間に『ラム』は名盤に。

ある意味、この評価も権威に流された結果ではあるのですが、権威によって作られた空気をひっくり返すのは、やっぱり権威ってことで。

海外の状況はよく分からないけど、『ラム』のスーパー・デラックス・エディションが、あれだけの豪華仕様になったことを鑑みるに、やはり権威による空気の入れ替えがあったのかな?

その辺り詳しい人がいたら教えてもらえるとありがたい。



でも人間って面白いよね。当時、あんなに『ラム』軽視を怒ってたのに、いざ【傑作】とか呼ばれ出すと、喜びより『今頃になってふざけんなよ』とか思っちゃう(笑)

最近じゃみんながあんまり『ラム』が一番好きとか言うもんで、なんか『ラム』が好きって言い辛くなって、とりあえず『プレス・トゥ・プレイ』が一番好きって言っちゃうみたいな。

や、ポールで一番好きな楽曲は昔から『プレス』ですし、本当に『プレス・トゥ・プレイ』が一番好きなアルバムって言っても良いのですよ。くれぐれも『プレス・トゥ・プレイ』の再評価とかしないように(多分されない)



『ラム』絡みの余談ですが、『ラム』をジャズ・アレンジにした『スリリントン』

この『スリリントン』のアレンジを担当したリチャード・ヒューソンは“ロング・アンド・ワインディング・ロード”のオーケストラアレンジを手掛けたり、自身のプロジェクト【ラー・バンド】でもヒットを飛ばすなど、なかなかに有名な方ですが、1995年に初CD化された際の国内盤解説にて、まぁかわいそうなんで名前は伏せますが、某解説者が『リチャード・ヒューソンはポールの(変名である)可能性がある』とか書いてるのですね。

や、当時は分からなかったとかなら仕方ないですよ?『10ccの“I'm not in love”にはギズモが使用されている』だの、書き始めたらそのテーマだけでブログがいくつも書けるくらい、過去にはそういう事例はたくさんあります。

でもさ、リチャード・アンソニー・ヒューソンだよ?元アップルの音楽監督だよ?そういう人を、まがりなりにもライナーを書くような位置にいる人が知らんもんかね?

情けない。

でも、そういう情けない評論家や解説者がいるのも事実。やっぱりね、自分の感性、そして疑問に思ったら自分で納得いく答えが得られるまで調べる、そういった気持ちが大事。

与えられた情報を鵜呑みにする時代じゃなかろう。



なんか、全く『ラム』の音楽について語らず、ずっと愚痴ってたけど、こんなんで良いんかな?

まぁ次回の『ワイルド・ライフ』はちゃんとやる。







Android携帯からの愚痴

McCartney





1970年の4月に発表された、ポール・マッカートニーの記念すべき1stソロアルバム。

このアルバムは、聴けば聴くほど『ここをこうしてアレをアレしとけば傑作になってたのに』と思わせてくれるよ。

そういう意味では、ポールファンと酒飲みながら熱くポール談義する際の肴にするにはピッタリのアルバムじゃないかな。



『G.マーティンは、ホワイト・アルバムを2枚組じゃなく、1枚で発売するべきだって考えだったけど、もしそうなってたら、ボツになった曲はこっちに収録されてたよね』

『バカ野郎、こっちにWild honey pieとかwhy don't we do it in the roadが収録されたところで何も変わらんわ』



酒を飲んでのこういうやりとりは楽しい。



このアルバムが何か中途半端な出来になった要因として、発売を急ぎすぎたってのがあります。

このアルバムの発売を延期するようお願いしにきたリンゴをポールがブン殴ったってのは有名なエピソードだけど、そこまでして発売を急いだのは、ビートルズ脱退をプロモーションに利用するって目的も多少はあったにせよ、やっぱり『Let It Be』のせいですよ。

『Let It Be』が、自身の望む音とかけ離れた形で完成しちゃったもんだから、それを否定したくて、自分が本当に望んだ音はこれなんだってとこを、先に見せたかったんじゃないかな。

それを思うと『McCartney』が、こういう作品になってしまったことに対するフィル・スペクターの罪は大きいよね。奴さえ余計なことをしなきゃポールの1stは時間をたっぷり使って制作され、そしてロックの歴史に残る大名盤になっていたのだ!(妄想)



それはそれとして。



最近は、リアルタイムでこのアルバムに接した事ない人達が、やたらこのアルバムを持ち上げてるけどさ、例えばカスタマーレビューで星5つつけるとかね。や、自分もリアルタイム世代じゃないんだけど、それってどうよ?みたいな感が無きにしも非ずで。

だってさ『Abbey Road』の半年後に発表された、ポール・マッカートニーの1stソロアルバムだよ?当時の人達がどれほどの期待を持ってレコードに針を落としたか容易に想像つくさ。それでこれだもん、そりゃみんなズッこけるって。

そういう先人達が押した【駄作】って烙印をさ、やれ『一人多重録音ならではの音響』だの『実験精神に溢れる』だの、もっともらしい理屈で払拭しなくて良い気がするんだ。

むしろ『McCartneyなんざクソだクソ!…でも好きドキドキ』的なツンデレ感を大事にしてほしいなって思う。

『あいつ文句言う割にMcCartneyばっか聴いてるな』みたいなの素敵じゃん。



うーんと、このアルバムから1曲チョイスするなら、やっぱ無難にこれかな。バラードだろうがシャウトしちゃうポールに惚れる。



…えっとね、ここにYouTubeを貼ろうと何度もトライしてみたのですが、その度に【禁止タグが含まれている】という理由で、せっかく書いた記事まで消えてしまうという酷い仕打ちを受け続けてきたので、もうあきらめる。

みんな勝手にYouTubeで『Maybe I'm Amazed』と検索して聴けば良い(オイ)



Android携帯から怒りの投稿


レビュー

昨夜唐突に、別サイトに書いていたポール・マッカートニーのアルバム・レビューを、アメブロに移そうと思い立ったのです。

そのレビューは8年前に書いたものですが、ポールのアルバムに対する見方は今でもさほど変わってないし、そのままアメブロにコピペすりゃいいかな…と、軽く考えてましたが、やっぱり8年という月日の流れは大きいですね、自分が変わらなくても、周りは大きく変わっているという。

ポールの1stソロアルバムである『McCartney』にしたって、8年前と今では全く世間の評価が変わってきてますからね。Amazonのレビューとか絶賛の嵐みたいな状況で、これが数年前まで駄作呼ばわりされてきたアルバムか?みたいな感が無きにしも非ず。

という訳で、コピペは止めて、改めて今の時代の目線で新しくレビューを書こうと思った次第。

なんせ天下のポール・マッカートニーですから、ちょっとネットで検索したらいろんなレビューで溢れてる訳で。そうなると書き手は、少しでも他人と違った切り口を見せようとして、無理からなレビューを書いちゃう節があるんですよね。数年前に『サージェントペパーは実は大したことない』みたいレビューが流行りましたが、そんな感じ(笑)

そういう感じにならないよう気をつけながら、自分なりのレビューが書けたら良いかなと。

うん、頑張ってみよう。







エンゼルパイ食いながらの投稿