今更ながら、高学歴の人の不祥事や不倫や犯罪の記事を見るにつけて、学力はあくまで学校の勉強の理解度を図るものでしかないということに気が付きました。
当たり前といえば当たり前ですが、とかく偏差値に一喜一憂して学生時代を過ごしてしまいがちでした。
考えるまでもなく、親切心、思いやり、協調性、誠実性、愛情、また逆に嫉妬心、冷酷さ、身勝手さ、こんなものはテストでは測りようもないですが、生きていく上では非常に大きな影響があるのはご存じのとおりです。
確かに学校の勉強の理解が人より優れていれば、会社の仕事や世の中の動きを他の人に先んじて理解し、有利に運ぶことはできるでしょうけれども、だからと言って、本人が幸福を感じるか、周りの人も幸せかは必ずしもリンクしないのでしょうね。
今更ながらそう思いましたが、もはや遅いという感じです。
やり直せるなら、学校の勉強は自分の能力に見合ったところで良しとし、その他の性格や体の体調や精神の安定など、人間全体としての豊かさに努めたいと思うのですが、それも長い年月生きてきたから振り返ってそう思うのであって、若い頃にタイムスリップして今までの経験もクリアされてしまえば、結局は同じような道を歩んでしまうような気がします。
遺伝の影響はもちろんあるでしょうけれども、家庭や学校など、やはり育った環境の影響は大きいと思う次第です。
それはそうと、何度もブラインドタッチに挑んでは続かなくて、ブラインドで打っている人を見ると感心してしまいます。