さっき、夏休みのことを書いていて

ふと思い出したことがあります。


さっきも書いたけれど

私は、東京生まれで、東京育ち。

そして、私の両親も、東京生まれで、東京育ち。


だから、田舎がありません。


子供の頃って、夏休みの宿題で

「絵日記」ってありましたよね?


田舎がある同級生の子達の絵日記には

田舎に行ったというお話しが、書かれているのだけれど

田舎のない私は、田舎について書くことができなかったんです。


なんだか、すごく羨ましくて

絵日記に、田舎に行くのを一人で妄想してすごしたことを

書いたことがあって

そうしたら、両親が担任の先生に呼ばれるという

ちょっとした出来事があった。


ただ、羨ましいですっていう素直な気持ちを書いただけだったのに。


夏休みと言うと、田舎に帰るという行為と、田舎にどうしようもない

憧れをいただいていた、小さい頃の私を

強く、思い出してしまう。



いつもとおなじ時間の電車に

いつもと同じように、小走りになりながら

駆け込んだのだけれど

いつもと違って、座れてしまいました。


もしかして、1時間くらい勘違いして、大遅刻中なのかもしれない

なんて、ちょっと不安になったので

時計を確かめてみると

やっぱり、いつもとおなじ。


考えてみたら、世の中は夏休みらしい

ということに、いつもなら座れない

通勤電車に座れた事実で気付く私。


基本的にテレビは見ないし

仕事に追われていて、夏休みをとろうなんて

発送自体がなかった私にとっては

「夏休み」の存在自体が、ちょっと曖昧なものになっているの

かもしれません。


ましてや、都内で一人暮らしとはいえ

都内に実家があるし

去年の夏はまだ実家にいたこともあって

夏休みに実家に帰るという習慣もないんです。


言われてみれば、夏休み。

私の夏休みは、いったいどこにいるんでしょう?


当たり前のことなのだけれど

この世には、いろんな人がいて

いろんな考えがあります。


このところ、とっても幸せなことに

お仕事でさまざまな人とお会いする

機会に恵まれています。


自分にはない、でも、どうしようもなく

魅せられてしまうようなことを考えていたり

創っていたりする人に

出会うと、うれしくなってしまいます。


これからも、素敵な人に出会っていけますように。

きっと、そういう、出会いの1つ1つが

これからも私を形作っていくことになる

と思うから。