No Journey No Life

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将来の夢は旅人です

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列車でムンバイの駅に着いたのは朝の5時半頃でした。

色々と支度をするべく5時に起きましたが、外は相変わらず真っ暗で朝か夜かもわかりません。それでも駅に降りると人で賑わっています。ふしぎね。

インドに来てから常に驚いているのが、早朝でも夜更けでも常に外に人がいて賑わっているということ。特に駅はすごいです。
眠らない国。眠れない国。それがインドか。
電灯が少ない道に薄明るいぼんやりとした灯りの露店はとても懐かしく、これは確かに外にふらふらと出ていってしまいたくなるなぁ。誘蛾灯という言葉が思い出されます。
そんなことを考えつつバスに揺られ、朝7時頃に空港へ着きました。ここから10時半頃出発の国内線に乗ってブバネシュワルへ行くのです。
ゲートをくぐってからの待ち時間は退屈で退屈で・・・空港料金とでも言うんでしょうか、水やお菓子が街中で売っているときと比べものにならないくらい高かったので、買い物をして時間をつぶすこともできず。
そういえばインドの空港でのセキュリティーチェックは国内線とはいえ厳しく無慈悲です。
アナログなカメラしか持っていない私は今回もカメラとフィルムを何本か持っていたのですが・・・カメラとフィルム1本を、リュックの中に入れたままだった感光防止用のケースをにしまいそびれ、
「感光しちゃうからカメラを持ったままゲートをくぐらせてください」と頼んでも
「カバン(手荷物)にいれるかトレイに乗せろ」の一点張り。
結局そのままトレイに乗せらればっちりスキャンされてしまいました。感光しちゃったかなぁ。
※後日談:感光してませんでした!それも逆に問題なんじゃ・・・;
飛行機では軽食も食べずにひたすら眠り(だからサンドイッチ食えないって)、起きてからは黙々とナンプレを解いてひとりぼっちで時間を潰し、13時30分にようやくブバネシュワルに到着しました。

お寺で有名(というかお寺くらいしか無い)なこの街は、今までのところと比べて雰囲気が穏やかな気がします。田舎と都会の間といった感じ。とにかく過ごしやすそうな良いところです。
ホテルは至れり尽くせりの豪華仕様で、フロントでバラの花を渡されたりとびっくりな待遇でした。
室内にはダブルベッドがでかでかと置かれ、テレビや机もちゃんとありました。バスタブは無いけどシャワーからはお湯が出続けるし、まぁなんと素晴らしいホテルでしょう。
ただし男子部屋もダブルベッドだったらしく、それを想像するとご愁傷様な感じですがね。

観光は夕方からでした。
仏教の始まりの地として有名な寺院を見に行き、その帰りにショッピングモールのような場所で買い物をしました(日本でいうジャスコのモールみたいな感じ)。
晩ご飯はピザハット。ファミリーサイズのピザ3枚を8人でシェアし各々飲み物を頼んで、1人あたり200ルピー弱、合計1500ルピー(4500円)いかないとは・・・さすが。
しかしもっとインドぽい怪しいものが食べたかったなぁ。
そんでもって買い物の帰りに偶然お祭りを発見したので立ち寄ることに。渋々な感じのガイドさんにも無茶を言ってステージの民族舞踊などを見たりしました。

引率のドBなネイティブの先生はおそらくバラモン階級で、雅号もsuresh("スレーシュ"上級カーストに与えられる雅号)なので怖いもんなしなくらいに権力をもってるのでしょう。
地元住民がステージから離れた席で見ているのに、私たちは飛び入りにも関わらずステージのすぐ側で踊りを見ることができました。嬉しいことは嬉しいけど、後ろの人たちの恨めしい視線を感じた気がして胸が痛みます。
踊ってる子供たちはとても無邪気であどけなく、踊りのあと会話したり写真撮ったりして交流できて楽しかったです。胸が痛んだとはいえ、貴重な交流ができて良かったと最終的に考えている私は一体。

最低なやつだと思いますか?

インドはなんて難しい。

専門で勉強しているのにこんなに難しいなんて・・・。

インドに来てからいろいろなことを考えさせられる日々です。


ところで風邪というかノドの痛みはなかなか良くなりません。
声がガラガラでそろそろ持ってきたのど飴が底を尽きそうです。薬も無限にあるわけじゃないし。
毎日手洗いとうがいはしてるのになぁ。
さらに悪化しないことを願うのみです。

今回も深夜の列車の中で日記を書いております。前回よりも揺れがひどいです。
しかもトラブルが発生しまくって大変です。

インド恐ろしい国・・・!!(誉め言葉)

インドに来てから生活が健康的になっている気がします。
夜は0時過ぎには寝て7時頃に起き、散歩したりストレッチしてから朝食。
こんなに規則正しい(?)生活をしてるのについに私にも病魔がやってきたようで、今朝起きるとノドが痛く咳がでるのでした。怖ひ!
とにかく薬を飲むことくらいしかできません。

マンゴー大好きワンマン先生は病人を待ってはくれない・・・。

今日はエローラへ行きました。

アジャンターと同じく遺跡を見てまわるという、まぁ申し訳ないが退屈でした。
ガイドさんの説明が長ったらしく、そして英語なので集中して聞いてないとわからないのです。私は途中で理解することを諦めたので、結局この遺跡が作られた時代すらわかりませんでした。
それでも今日のエローラのほうが冒険できて楽しかったけど。
あまりにも暑かったので遺跡群のふもとのような場所にある休憩所で飲み物を買って涼みました。
その建物の裏手で女の子が炊事をしていたのですが、小麦粉に混ぜてる水が泥色・・・あれ食べられるのかしら?
あとは休憩所付近にあったトイレが相当(悪い方向に)レベルが高かったです。基本的にインドの公衆トイレに耐えられれば、日本全国どこのどんな公衆トイレにも入れると思います。

嬉しいことに、エローラを見てまわった後によくわからない街で買い物をすることができました。
ここで私はようやくカメラのフィルムを補充。お店の人がなにを喋っているのかわからなくて混乱していたら、姉御肌の友人が助け船をだしてくれました。

フィルムは1つ140ルピー。なんだかぼったくられた気もしますが、2つ買うと何が嬉しいのか知らんが笑顔で乾電池を4つもサービスしてくれました。いらないけど。
ところがお店を出ると他の友人達の姿がない・・・はぐれてしまったことに気づき慌てる私と姉御肌。いろいろ歩き回ったあげく疲れて、もうほっとこうぜー何とかなるだろーと放棄しました。が、その後腹ごしらえしようと入った食堂にみんないました。なんやねーん。
その食堂でサモサとThums upという炭酸ジュースを頼んで腹ごしらえ(29ルピー)し、デザートのケーキまで買ってその街をあとにしました。

物乞いをしていた子供達を思い出して、ケーキを食べつつ胸が痛んだ。
彼らが悪いわけじゃないのに・・・。
何が正解なのでしょうか。

物乞いの子供にお金をあげることは、その子の労働意欲をそいでしまうから良くない・・・と、何かの本で読んだことはあるけど、現実はそんなに甘くないよね。その子に職が一生見つからないかもしれないんだから。

でも、一人にお金を渡してしまったら、この先に出会う全員にお金をあげなくてはいけなくなる。
不公平は最大の罪だから。
でもでも、私は自分にケーキを買うお金はあるのに、彼らを一瞬でも喜ばせてあげることはできないんですね。
葛藤、する。

私は最低な人ですか?
・・・これがインドなんだ。

そんなことを悶々と考えつつもバスの中でケーキを食べていると、突然の急ブレーキで車内の全員が前につんのめりました。とりあえず無事でしたが(メガネ含め)。
どうやらオートリキシャがいきなり目の前に現れたようで、運転手さんたちもとても動揺していました。しかも運転補佐の人は目の上を切って流血。そんなにひどい事態にはなりませんでしたが、とにかくこれがインドでの唯一の事故になることを祈ります。

列車の中では座席の交換や手違いでややこしいことになり、みんなの席がバラバラに離れてしまい、なおかつ一人だけインド人のコンパートメントで寝なくてはいけない(日本人1対インド人3)というトラブルが発生。
その前に駅でバーラティーヤたちに囲まれたりとか。
昨日誕生日を迎えたばかりなのにトラブルに巻き込まれてばかりいる可哀想なクラスメートを心の中でひそかに"チキンハート"と呼んでいます。
にしても、インド人の大胆さとか自己中さには舌を巻きっぱなしです。
去年ヒンディー語科の先輩に「ヒンディー語科は図太くならないと生きていけないよ」と言われたことを思い出しました。

今日はとにかく暑かった、この一言に尽きます。

なんたって最高気温35℃。死む。


朝というより夜明け前の4時半頃にアウランガバード駅に到着。
『深夜特急』を見たり読んだりして知ってはいたのですが、本当に駅のホームで人がたくさん寝ていてびっくりしました。そんでもって自由な彼らがうらやましかったです。
駅からバスに乗って5時すぎにホテルへ到着しました。
宿泊予定地はホテルというよりコテージのような建物で、よく手入れされてる植え込みがあちこちにあり、プールもありました。とにかく豪華。
内装はテレビや湯沸かし器やバスタブやセキュリティーボックスまでついていたのですが、残念なことに机がありませんでした・・・。
とりあえずシャワー浴びたり仮眠とったり敷地内を散歩しているうちに朝食の時間になりました。
ドBな先生いわく
「今日はお昼ご飯を食べないから、朝ご飯をいっぱい食べときなさい」
ってそーゆー問題じゃねぇ!!
とか思いつつも、英語しゃべれないしヒンディー語でケンカ売れるほど単語を知らないので文句も言えず、黙々と朝食をとるのでした。

実は今日はアジャンターではなくエローラに行く予定だったのですが、出発直前に会ったチリからの旅行者が今日(火曜日)はエローラが休みだと教えてくれ、急遽アジャンターへ行き先変更になったのでした。
それにしても・・・暑かった。疲れた。飽きた。インドではなく遺跡に。
しかもバスでの移動時間が3時間ちょい、でこぼこ道なのでまともに寝れず、結局ひとりしりとりをするか窓の外を見てるくらいしかやることがないのです。
ムンバイとくらべて田舎なアウランガバードは、クラクションの頻度が5分~10分に1回と下がる(=車があまり走ってない)のですが、市場や露天が少なかったり規模が小さかったり、そもそも人があんまりいなかったりで面白味には欠けた…かな。

肝心のアジャンターの遺跡群ですが、あまり覚えてないです。ただただ洞窟のような遺跡を見て回っただけで、説明は右から左状態。

だって英語なんだもん。
あ、そうそう、何番目かの洞窟でインド人にナンパされました。ヒンディー語で tum sundar ho (“トゥム スンダル ホ” 「君は美しい」)と連呼されるの。
それから物売りに腕をひっぱられ、日本語が堪能な少年から日本円やボールペンを要求されました。

が、無事です。残念ながら。(笑)
今のところこの旅行は安全なのです。安全すぎるのです。それは退屈と紙一重。
面白かったハプニングといえば、長野出身の友人が有刺鉄線を乗り越えようとして失敗したことでしょうか。
針がGパンにがっしり刺さって動けなくなっているその友人を、たちまち bharatiiy(“バーラティーヤ” インド人)が取り囲み、やんややんやの大騒ぎ。
結局その友人のGパンは破けてしまいました。

アジャンターからホテルへ戻るバスの中で再びマンゴージュースが配られ、マンゴートラウマが確定する私。

もう耐えられない…!!

あ!ついに500ルピー札がくずれました。
答えは簡単なところにあり、要はホテルのレセプションで両替してもらったのです。やったやった!

というわけで100ルピー札と10ルピー札ゲットです!

晩ご飯はとても豪華でした。なんとプールサイドでバイキング形式で食べるという贅沢。
色々とおいしかったのですが、中でもデザートの gulab jamun が気に入ってしまいました。おそらく日本には存在しないほど甘いです。うまうま。
それにしても、あまりあてにしてない例の日程表によれば、こんなに豪華なホテルに泊まれるのは最初のほうだけなので思う存分贅沢させていただきます。
うらやましいだろー!豪華なホテルで豪華なカレーだぜ!
・・・結局カレーでした。
冗談抜きでインドに来てから毎日カレーを食べてます。

夕食の途中で日本時間の20日0時になり、クラスメートの九州男児の誕生日になったので、みんなでハッピーバースデーの歌をうたってもりあがりました。
私の誕生日である28日はおそらく列車の中です。
そんなことを考えて1人で盛り下がる岡本でしたとさ。