昨日でニックはテストを終わり、今日は彼は自宅に帰ってました。
(明日荷物をとりにくるらしいですが)
二つのテストを終わって帰ってからは
エリックがとってる日本語のクラスのエッセイを
添削してあげていました。
同時に俺のプレゼン用パワポの英語チェックをしてもらいました。
二人だけの秘密の勉強会。
ニック、ごめんね。
こんにちは。目覚めたりしてないので安心してくださいね。
そして昨日の夜は雲で星が見えませんでした。
今日の気温は-7℃。
もう本当に寒い。
寒い というより
痛い という表現がむしろしっくりくる。
無数の針でてきた大きな布が
ばっさり顔をおおってくる感じ。
刺さるように寒いのです。
さて、今日受けたテストは
過去問の数字を変えただけのテストと
小テストと同じ問題がいっぱいでてるテスト
だったのでバッチリできました。
テストを終わってからポストを見ると
これが入ってた。
どーん
そうです。これは交換ノート。
大学でアウトドアサークルに入ってた僕ですが
このサークルの僕らの代で
多規模な交換日記をしよう
ってプロジェクトが大学卒業後から始まったんです。
あらかじめ決められた順番に回された人が
卒業後の新生活の近況なんかをここに記して
また次の人にバトンタッチ。
そうして日本全国+アメリカに散ったみんなの元を
このノートが転々と旅をしていくというもの。
そのノートが今日僕の元に届きました。
彼女の旅路を記すと・・・
福岡→大阪→徳島→京都→大阪→東京
→宮城→京都→徳島→大阪→コネチカット
という流れ。お疲れ様。
もうとてもテンションあがりました。
こういうのに触れると「みんなも頑張ってる」ってのを
実感して「俺も頑張ろう」って気持ちになるからイイ。
そっこうペンをとり自分のページを埋めました。
思ってる以上に相当さみしかったのかもしれません。
小学校 中学校 高校 大学 アメリカ・・・
いろんなコミュニティーがあるけど
「仲間」って意識を感じさせてくれる友達ってやっぱいい。
もちろん家族や恋人もすごく大事だけど
また違う次元の大切さ。どれが一番とかそんな話じゃない。
明日たらこに変えられるか
母親が親友と不倫するのと
どっちがマシ?
それくらい次元が違うから比べられない。
しかしどっちもとても重要な話である事には間違いないのです。
5年後、10年後もサークルのみんなとつながってるかな。
結婚して子供もできてハゲちらかしても
些細なきっかけでみんなと久しぶりに会ったりして
「monchiの子供パスポート無くしたん?父親そっくりやん。」
みたいな会話をしていたいものです。
もちろん大事な親友とはゲートボールをする歳になっても
「ちょ、そろそろおしゃれな墓石考えようや。よし本屋いこ本屋」
とか話してる事だと思います。
こういう仲間のあったかさに触れると
普段あまり意識できない「つながり」の
ありがたさを再認識する良い機会になります。
”二つの目があって前が見える”
そんな「あって当たり前の」の事の偉大さに
はっ(゚Д゚ )! と気づく瞬間はとても貴重な瞬間だと思います。
当たり前なものほどとても大事であるのに
当たり前なものほど脳内フォルダに溢れる情報にのまれ
どこか意識の片隅で「二週間前の晩御飯の記憶」と一緒に転がって
もはやそれにさへ気付かない状況になってるのです。
こうなると自分で気づくのは困難。
しかし「当たり前なもの」は埋もれた所にて生活を大いに支えています。
そんな「当たり前なもの」ほど
無くしてから失うものが多いものはないでしょう。
そして「はっ(゚Д゚ )!」となるのが多いのは
それを失ってしまった時。
「失ってから感じる大切さ~♪」
失恋の曲の歌詞にも出てきますね。
だけどたまに偶然にもそれを失う事なく「はっ(゚Д゚ )!」と気づく瞬間に
「そうそう、これは大事な事だからちゃんとココに保存しとかないと」
って脳内フォルダの一番新しい目立つ所に配置される。
でもまた新しい情報(今日の晩御飯)が次々とやってきてまた奥底に・・・
そんな繰り返し。
だからできればこういう「はっ(゚Д゚ )!」の感覚は
できるだけ長く、鮮明に、
いつでも脳内フォルダからクリックできるように
「はっ(゚Д゚ )!」の度にしっかり心に刻みたいものです。
脳内フォルダとか保存とか
言葉で言うのは簡単だけどとてもむずかしい。
「どんな事にも感謝する」
これは人生をかけて習得したいクセ。
これは言いかえると
「どんな事からも『得られたコト』を見つけ出すクセ」
とも言えます。まぁ超ポジティブって事ですね。
これもむずかしい。
けども、時にこれは
窮地に立たされた時に自分を支える柱にもなります。
実際にパスポートと大事なキーケースを同時に無くして
僕の精神は山崎さんが流れるほどの危険な状態でしたが
なぜか僕は
「でも・・・右手無くなるよりだいぶマシやわなぁ。」
っていう
呪文「右手のありがたさ」 MP消費0
を唱えつづけることで前に進む為の原動力にしてました。
この時は結構リアルにイメージしていて、
「右手を切られる瞬間」とかじゃなくて
「右手のない生活」をイメージしてました。
「指を動かす」って脳からの信号で動く指が
もし無かったらどんな感覚なのか。
食堂で学生証を出す時は左手と右肘でどうやってどうやって出すか。
毎日のメールは全部左手だけでうたなあかん。
お箸もペン持つのも全部一から練習。
お茶碗を持てない。
普段の当たり前の生活と一緒にイメージするだけで
今の生活がとても便利で楽な事に気づく。
パスポート?警察行って右手で書類書いて
警察官説得したら終わりやん。
ってなる。なった。
でも、
「右手無くなるなんてありえへん」
そう思った時点でこの呪文は効力無くします。
実際に手を失った人は世の中にはいます。
高校の時は片手の無い子にバスケの試合でマークしてた事もあります。
限りなく小さい可能性に今まで僕がヒットしなかっただけ。
「パスポート無くなるなんてありえへん」
そう思ってた僕は限りなく小さい可能性にヒットしました。
けど右手はある。
それに目も見える。
好きな人の声も聞けるし
卵かけごはんのおいしさも分かる。
3年前に折った足で今はバスケもできる。
みなさんもぜひ
「はっ(゚Д゚ )!」の瞬間を
を大切にしてください ^^
毎日の生活での
「はっ(゚Д゚ )!」の数を
少しでも増やしたいですね。
あとは木曜のプレゼンが1つと
金曜のテストが1つ。
胸を張ってみんなに会えるように頑張ります。
最初の画像とはかけ離れた
真面目な話になってしまいましたね。
画像の彼はとても親切ですね^^
では。 あでぃおす