最近、思うことがある。
もっとうまく話せるようになりたい。
自分の意見を的確に相手に伝えるためには、
たくさんの言葉を知って、
正しい表現をしないといけない。
こんなことないだろうか。
話の意図が見えない人
結局、何を言っているかわからず、
こちらが相手を理解するために労力を使わなければいけない。
そんな人。
話が上手な人
この人たちは総じて頭がよかった。
以前、東大、京大卒の人たちに囲まれて
仕事をしたことがあった。
それまでは、頭がいい人に偏見を持っていた。
話がつまらなそう・・・
勉強ばかりして広い世界を知らなそう・・・
お馬鹿な方が人生楽しいんじゃない?
と
そうしたら、それは全く違った。
彼らの話は本当に面白かった。
東大、京大レベルの人って話し方が違ったのだ。
まさに、
適正な単語を使って正しい文章で表現してくれるので、
こちらが頭を使うことなく話が入ってくるのだ。
だから、ノンストレスで会話が成り立つ。
彼らが頭がいいおかげで、
わたしが会話の相手に相応しくなくても、
会話が成り立っていたのではないかと思う苦笑
彼らの話を聞いているだけでも良く感心した。
といっても、、、
わたしは女性的な言葉が好き。
昔から、
母から兄とは違う話し方をするように叩き込まれていたからか、
これはこれでいいと思っている。
その会社にいたときに、週報をあまりにも女性的表現で書きすぎたせいか、
かなり直されて勉強になった経験もある。
それでも、わたしは自分の言葉や表現が好きで頑なに崩さなかった。
20代は多少バカっぽく話す方が色々勉強できるしねっ
でも、
ハテ30代になったら、
これはいかんと思った。
コミュニケーションにおいて、
ストレスを感じるのは、相手のことを理解できなかったり、
自分の意図を相手が正しく理解してくれなかった時。
で、それの原因は
自分の言語能力なのだ。
話にも、理解するにも、
両方言語能力が必要なのだ。
感情だけで物事を発言する人は、
バカっぽくみえるよね。
これ一番いやだ。
言語能力も心も無い人に見える。
最近、そんなことを思っています。
MonMishe
マリー