穀雨怠いと思えば、二十四節気…。死にかけてはや31年目。頭の古傷が妙に痛む。死にかけたってのは死が身近であることを知ってしまったこと。なかなか追いやれないんだよね。これ。今なら、外科的処置と心療治療は同時に行うのかもしれないけど、30年前は別だった。死ぬほど怖い目にあっても、躰の治療で終了だった。死に続ける心にブレーキはかかったけど、いかんせん生きる原動力がなくなってた。ただ生きること。ボタニカルみたいに生きること。できないんだよね!